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「中国新経済」から考える日本のキャッシュレスのこと

『キャッシュレス国家「中国新経済」の光と影』という本を読みました。この本は、中国の対外経済貿易大学の教授として活動している西村 友作氏が、現地での実体験を交えながら、中国のキャッシュレスの最新事情を紹介したものです。

今回は一部の内容を抜粋しながら、日本のキャッシュレス化について考えてみました。

「中国新経済」の二大プラットフォーマー

まず、インターネットを通じて第三者にサービスの「場」を提供する企業がプラットフォーマーと呼ばれています。代表例は、米国のGAFA(グーグル, アップル, フェイスブック, アマゾン)が有名です。日本ではヤフーや楽天などが当てはまります。中国でも同じ企業群として、BAT(バイドゥ, アリババ, テンセント)を抱えています。その中で、中国最大の電子商取引のサイトを運営する「阿里巴巴集団」(アリババ)と、中国最大のチャットアプリの微信(ウィーチャット)を運営する「騰訊控股」(テンセント)が中国の二大プラットフォーマーと言われています。アリババ系の決済サービスが「支付宝:Alipay」(アリペイ)に対して、テンセント系の決済サービスがウィーチャットに決済機能をつけた「微信支付:WeChat Pay」(ウィーチャットペイ)で、中国のモバイル決済市場はこの二大サービスが約9割を占めています。このアリババとテンセントは、スマホの決済アプリを軸にして、さまざまな領域で激しいシェア獲得の競争を繰り広げています。

中国で経済活動において最も必要とされるのは信用ですが、中国ではもともと信用の一部が欠如していました。中国新経済の大きな特徴は、この信用を担保した「決済」が起点になっています。

中国には「害人之心不可有、防人之心不可無」(人を害する心があってはならないが、悪人を防ぐ心は無くてはならない)ということわざがあります。この言葉どおり、中国社会は性善説ではなく、性悪説で成り立っています。このことを中国政府も認めており、中国国務院が発表した文書『社会信用体系建設計画要綱(2014-2020年)』には「社会の信用意識とレベルが低く、誠実で信義を重んじる社会的気風が醸成されていない」と書かれてあります。

毎日の買い物や外食で騙されたり、偽物の製造や販売があったりしたら、とても安心して暮らすことはできないですよね。モバイル決済をプラットフォームにした中国新経済のコアは取引の安全性、つまり信用を構築すること。経済活動において必要不可欠な信用を担保することで、モバイル決済が一気に広がりました。まさに「決済を制するものは中国新経済を制す」という構図です。

「中国新経済」の影

このように一気に拡大した中国のモバイル決済ですが、当初市場を解放した中国人民銀行が再び規制に乗り出しています。これまで中国の決済と言えば、中国銀聯が運営する銀聯ネットワークでした。しかし、AlipayやWeChat Payに代表されるようなモバイル決済の急速な普及により、銀聯を経由せずに国内外の銀行と契約してサービスを提供する第三者決済機関が増加してきました。その対策として、政府系の新しいネット決済管理機構である「網聯(ワンリエン)」という組織が新たに設立されることになりました。この網聯が間に入ることによって、銀聯を経由しないで直接銀行と接続する第三者決済のルートが廃止されることになります。例えば、第三者決済が網聯の正規ルートを通さずに資金を移転させることで、銀行や網聯が資金移転の実態を知る権利を行使できず、マネーロンダリングに利用される危険もあります。こうしたリスクがあるため、第三者支払による決済代行のルートを廃止することは非常に重要なことだと言えます。

一方で、AlipayやWeChatなどのモバイル決済事業者側の視点から見ると、良く言えば、個別に金融機関と接続する必要がなくなって網聯のみに接続すれば良くなること。悪く言えば、今まで独占していた顧客の信用データを共有しなければならないことが懸念されます。しかしながら、中国政府が目指す社会信用システムの構築は、アリババ、テンセントという「中国新経済」の二大プラットフォーマーを巻き込み、政府主導の中央集権的モデルにより進められようとしています。
※中国政府が目指す社会信用システムの構築の詳細は、過去の記事をご参照ください。

また、本の中で印象的だったのは、モバイル決済が急速に普及する中で、さまざまな新しいビジネスが生まれていますが、その代表格である「シェア自転車」についての「変調」を著者は指摘しています。モバイル決済、位置情報サービス、ビッグデータなど、表面的には先端技術をちりばめたようにも見えるシェア自転車ビジネス。これらの新ビジネスは無人化のため、一見「人間が介在していない」ように見えますが、実際は見えないところで、安価な労働力が使われていて、「労働集約型」のビジネスモデルとなっています。この「労働集約型」モデルは、シェア自転車だけのものではなく、町中に配置された無人ジムボックスやカラオケボックス、無人コンビニの清掃やメンテナンスを行うのも農民工です。これから中国経済がどんどん成長していけば、人を雇うコストも上がっていき、これらのビジネスは成り立たなくなる可能性が出てきます。つまり、中国の新ビジネスは格差に支えられているとも言えそうです。

「キャッシュレス後進国」の日本

日本でも経済産業省が2018年4月に「キャッシュレス・ビジョン」を発表し、三菱UFJ、三井住友、みずほの3大メガバンクがQRコードの規格を統一した「Bank Pay(バンクペイ)」を今秋に開始するなど、キャッシュレス社会の実現に向けて様々な動きが見られるようになってきました。今年10月に予定されている消費税の増税に伴う景気の落ち込み対策として、キャッシュレス決済時のポイント還元も準備されています。

政府は「2025年のキャッシュレス決済⽐率40%、その先の⽐率80%の達成」という目標を掲げていますが、まだまだ日本のキャッシュレス化は道半ばの状況です。経済産業省のデータによると、日本のキャッシュレス決済比率は2016年の時点で19.9%、中国の比率が60%近くあることを踏まえると、日本は「キャッシュレス後進国」だと言えます。このことから考えても、今後日本がキャッシュレス化を進めていくうえで、今の中国のモバイル決済の動向は日本にとっても貴重な参考材料になると思います。

日本でキャッシュレス化が進まない理由としては、ATMと手数料の存在や現金に対する高い信頼などが挙げられます。このような理由がある中で、モバイル決済の普及によって、大きな変化をもたらすのが銀行です。キャッシュレスが推進することで、窓口やATMで現金を引き出す必要が無くなります。私も普段はLINE Payを使っていますが、以前に比べると、現金を持ち歩かなくなったので、ATMを利用する頻度が少なくなりました。

また、全国銀行協会によると、ATMには1台あたり年間約1,000万円ものコストが掛かっていて、ATMは全国に20万台ほど存在すると言われています。つまり、合計では年間約2兆円の費用であり、どの銀行も割に合わないとしてサービスを縮小しています。キャッシュレスが普及すれば、銀行は店舗やATMを削減でき、人件費や管理費などを抑えることが可能です。

日本でキャッシュレスが普及するメリットとして考えられるのは、現金の流通が減ることによる社会的なコスト削減です。逆にデメリットとして考えられるのは、個人情報の流出や不正利用です。最近ではセブン-イレブン独自のスマホ決済サービス「7pay」が、不正利用によりサービスを終了するというニュースが世間でも注目を集めました。

7payをめぐっては、サービス開始直後から不正なアクセスによりクレジットカードなどから勝手にチャージされ商品を購入される被害が続発して、セキュリティーの甘さが指摘されていました。7月31日時点では、被害者は808人、被害総額は約3860万円に上ったそうです。

このようなデメリットもありますが、キャッシュレス化は全ての取引がデータ化されるのが大きな魅力です。中国では「何億人というユーザーが、何にいくら使った」という購買データを活用してさまざまなビジネスに取り組んでいます。決済によるビッグデータを収益化することで、決済手数料を下げるというビジネスモデルも登場しています。日本はまだ決済手数料で収益を上げるビジネスモデルに依存しているため、今後は新しいビジネスモデルが生まれる期待も大きくなります。

まとめ

日本の場合、治安が良く盗難の危険性が低いことや、貨幣や紙幣の偽造の心配が少ないことから、伝統的に現金主義の慣習が根強く残ってきました。そんな現金大国の日本でキャッシュレス化が進むためには、政府が現金使用を抑制するのか、民間のキャッシュレス決済サービスが世の中のスタンダードになっていくのかのどちらかの流れが必要だと思います。日本のキャッシュレス化は、観光立国を目指していく日本にとって避けては通れない道です。