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登場人物の香り ~私の作品紹介(小説)

 映像作品でも、小説でも、直接できない表現。それが、「香り」だ。
 私自身は、ここ数年香水が好きで、香りだけでなくその香りのコンセプトなんかも楽しんでいるのだけれど。とにかく、香りというのは目に見えないし触れるものでもなく、人によって受け取り方が変わるので、表現するのが難しい。

 とは言え私は、自作品の中でほとんど、「登場人物から香りがする」という表現をしてこなかった。物語の中で、香りの表現に意味を持たせることができなかったからだ。
 でも、拙作の中でもいくつか、明確に「香りがする登場人物」が出てくる物語がある。今回はそんな2つの作品を、モチーフにした既存の香りと一緒にご紹介したい。

レモンの葉っぱを千切ったような

 この香りが登場するのは、長編青春SF恋愛小説「ティーンズ・イン・ザ・ボックス」。※現在以下で公開中
 舞台は近未来のハイスクール、内気な女の子と、顔のない機械の頭を使っている少年の恋物語だ。

 パーティーやイベントで「レモンの葉っぱを千切ったような」香りを使う少年には、顔がない。なぜ彼がこの香りを好きなのかについては、(物語上で具体的な説明はないけれど)理由はある。それは、読んでみるとなんとなく察することができるものなので、ここでは置いておくことにして……。

 香りの表現に重きを置く場面ではなかったので、物語には「レモンの葉っぱを千切ったような」としか書かなかった。しかし、具体的にイメージした香りがある。
 これはSERGE LUTENS(セルジュ・ルタンス)のFleurs de citronnier(フルール・ドゥ・シトロニエ)という香りだ。

 柑橘系でありながら、安っぽさやえぐみが無く、純粋なレモンの香りと言うには意味ありげで、少し切なさを覚える香り。とても好きな香りで、一年中、特に春夏の時期に良く似合う。
 劇中、レモンの葉っぱを千切ったような香りは、顔のない少年(ユウヒ)と共に初登場する。

 誰かに背中を押されて、ユウヒにぶつかる。レモンの葉っぱを千切ったみたいな香りがして、思わず私は顔を上げた。機械頭の黒い縁ふちが見える。もし人型の頭だったら、ここに顎があったのかな。機械頭と人間の体の境目は、襟に隠れて見えない。

「ティーンズ・イン・ザ・ボックス」より

 この香りを、パーティーやイベントの場面でだけ使う顔のない少年。一方、主人公の女の子は化粧っけがなく地味で、グミが好物で大人しい子だ。この組み合わせは、香りの面でもなんとなくちぐはぐで、個人的にはとても気に入っている。


静謐な夜に佇む、白い花

 この香りが登場するのは、短編現代ドラマ「指先」。
 弁護士の父の元に生まれ、母が死去した女性が主人公の物語。彼女が、両親が可愛がっていた弁護士と二人、母の死後処理の話をするために顔を合わせるところから物語は始まる。

 ここで、弁護士は主人公の母親の残り香に気付く。生前の花に主人公が貸した香りを、なぜ弁護士が知っているのか……。
 香りというのは、その人の姿が見えなくなっても残るものだ。それを風情と取るか名残と取るか、はたまた未練と取るか。そんな湿っぽさ、温度感のある物語。
 個人的には、掲載先のpixivで特集ページに掲載して頂いたこともある、思い出深い作品だ。

 さて。本作で主人公が母に貸した香りは、こちらもSERGE LUTENS(セルジュ・ルタンス)、しかし廃盤になってしまったジャスミンの名香、A la nuit(アラニュイ)だ。「夜に」というシンプルながらも色気のある名前が付けられた香り。どうして廃盤になってしまったのか、メゾンの意思決定を恨んでも恨み切れない。しかしそれでもなお、この香りは美しい。

 作中、私はこの香りについてこんな描写をした。

 静謐な夜に佇む、白い花。表裏のない、混じり気のない柔らかな香り。すぐそこにいるはずなのに、手を伸ばせば消えてしまいそうな、幻のような気配。どちらかと言えば、それは彼女の印象と違った。もっと華やかで大きく誇る香りの方が、母らしいと言えば母らしい。

「指先」より

 作中、母が「年寄り臭くないのがいいの」と言ったのを聞いて、主人公はこの香りを貸した。なぜ母が突然そんなことを尋ねて来たのか、なぜ自分のイメージと違う香りを使い続けていたのか。それをどうして、母からすればかなり年下の弁護士が知っていたのか。
 その艶っぽさを彩るのは、この香りでなければならないと、私は強く思っている。


 小説ファンには、自分の好きな作品の登場人物がどんな香りをつけているのかな、と想像するのが好きな人もいるだろう。物語によっては、具体的にどのメゾンのなんという香水をつけているか、なんて記載もある。(有名どころで言うと、007の小説にはメゾンの名前が登場する。)
 そういうことに鑑みると、なんやかんやで、物語と香りというのは切っても切れないものなのかもしれない。

 今回は、香りの観点で拙作をご紹介した。どちらの香りも私はとても好きで、小説に入れる際には、とても丁寧に、愛情を込めたつもりだ。ぜひ香りにも拙作にもご興味を持っていただけたら、これ幸いである。

※本エッセイは、公開中の以下を加筆修正したものです。


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© 2022 Aki Yamukai

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