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agree出来ない夜

事の始まりはアニキのツイートからだった。
「歌(や)るか」「歌(や)ろうか」「歌(や)ってやるってばよ」とジャンカラの会員半額デーに過敏に反応したアニキのつぶやきに、分隊長含む隊員たちのノリと勢いと日々のストレスからの解放を求める精神がよくわからないベクトルを描いて、話が挙ったのが前日にもかかわらず、翌日のカラオケ祭りの開催が決定された。その間に交わされた事務的な連絡といえば場所と時間を伝えるアニキからのメールくらいで、もう二十代の終わりに差し掛かっている人間がこんな衝動的でよろしいのかしらん、とちょっとは思ったけど、決まったことに四の五の言うのは女子が腐ったの(腐女子のことではない)がやることだ。ドタキャン、ブッチは御法度だ。

と言いつつ翌日、集合時間から3時間半も遅れ、ジャンカラとスーパージャンカラを間違えるというミスを犯して、辿り着いたジャンカラも中学生の割り勘作業に占有され遅々として受付が進まないのを、仕方ないよねって感じで端折ってスルー。ようやく教えられた番号の部屋に着いた頃には時間は22時になんなんとしていて、分隊員のジャガイモ野郎にドタキャンする気だったなんて疑われる始末。
遅刻して来た僕の為にわざわざ一時間延長してもらい、その歌は媚びている、媚びていないだの、誰のものかわからない視線に怯えてしまう非リア充の悲しさ(と見せかけて実はある種のスノビズムでしかない)を歌声とともに放出。その歌声が結局誰の耳にも届かず、せいぜいションベンスメルの漂う大阪の町やら非リア充は媚びることを過剰に恐れるなんてサブカル批評に回収されるのがオチなのにもかかわらず。
だがしかし、もう見たくないものまで過剰に可視化され、政治は三文芝居に、大災害はメロドラマに、大相撲はデブの余興、セリーグはパリーグの下部リーグに堕してしまった現状の日本にはハイカルチャーの権威もサブカルチャーの秘儀的要素もなく、大新聞の社説が見方を変えればサブカル批評みたいなものでしかないことを考えたら、我々の営為がどこかで世界とコミットしちゃう可能性もないわけではない。だとしたら世界はどこにあるのだろうか?

我々とコミットしちゃう世界を探す為か、それとも他に理由があったかは、酒で痺れた脳みそに残っていないが、行く?行かない?の中学生のゲーセン前か大学生のラブホ前みたいな問答をジャガイモ野郎と分隊長と僕の男だらけの面子でやった挙げ句、帰宅するアニキ夫婦と別れた我々は飛田新地へ向かった。
別に言い訳じゃないけど、実際には飛田新地で飛田新地らしいことをやりたくって行った訳じゃない(ジャガイモ野郎はやったってもいいっすよ、と髏田家正統後継者らしいことを言っていたが)。ただ無法地帯としか言いようのない新地で、居並ぶ女やかつて女だった何かの婆を見ながら、夜の町を、大阪を満喫したかったのだが、生憎にも新地は24時を越えると店じまいらしく、喫茶店か田舎臭い美容院の方がお似合いの名前を掲げた『料理屋』に明かりはなく、期待したものは何一つ見られず、コンパニオン募集中という貼紙とタクシーを拾うコンパニオンの女をその残滓として見かけるくらいだった。


仕方なく我々はその時間帯で唯一開いていたたこ焼き屋に入ることにした。少し前から小用を催していた僕は、店の兄ちゃんにトイレの場所を聞くと、店を出て右に曲がってさらに右に曲がれと言われ、教えられた通りに行くとそこは駐車場の壁で、普通、これだけだったら騙されたのか、マルセル・デュシャンの『レディ・メイド』を引っくり返したインスタレーション・アートかと訝るところだったが、さすがのションベンタウン大阪。すでに先客のおっちゃんが、身を以て範を(正確にはションベンを)垂らしてくれていたので、こっちもなんの罪悪感もなく軽犯罪法を破ることができた。かくの如く大阪の『ヤカラ』が育っていくのだ。ヘンリー・アダムズも感動してションベンをちびること間違いない。

でもってたこ焼き一舟を肴に、各自にあてがわれたションベン以外で唯一琥珀色した素敵な液体である生ビールを「ゆっくりしていって下さいね」と言いながら、路上に設置されたテーブルと椅子を片付け始める店員の嘘と実がいい感じにミキサー大帝されたその笑顔を真に受ける振りをしながら呑みつつ、話は分隊長が出会ったという『agreeできない女』へと及んだ。
なんでもNYC(ニューヨークシティー)在住経験があってウディ・アレンを生で見たことがあるらしい女史で、仕事上、意見が合わなくって納得いかないことがあれば、例えそれが上司であろうと「agreeできない」と面と向かって言いきってしまうかっこいい方だそうだ。
そんな生き方到底できない僕とジャカイモ野郎はそんな奴いる訳ない! みたいな勢いで分隊長にまくし立てるが、当の本人がいたら絶対「agreeできない」とは言えない。
けど、話の中でジャガイモ野郎が語った仕事(福祉関係)でのエピソード。ジャガイモ野郎がご利用者様である爺か婆に「良いもんやる」と言われてウンコを渡されて、彼が「ありがとうなあ。こんなもらったことないわ」とagreeしてちゃんとそれを頂いたことを聞き、やっぱりそういう姿勢も大事だよね、と考えつつ、NYCとは天と地ほどの差があるロケーションで、琥珀色の液体を呑んで、トイレという名の駐車場の壁に琥珀色の液体を出す非効率的ではあるが悪い気はしない循環運動を繰り返していたが、でもやっぱり『agreeできない女』は爺か婆に『良いもん』もらっても「agreeできない」って言っちゃうのかな? もしそうだとすれば戦争もなくならないし、原発もなくならないよね。やはりアメリカは偉大だ。ビッグアメリカ!

その日、いろいろ回って最終的には最初に行ったジャンカラで朝まで過ごし、各々帰路についたネルシャツ分隊の面々。その後、次の日は休みだと豪語していたジャガイモ野郎のそれが、ただの勘違いで本当は勤務日だったというオチまでついて、なんだかリアルで充実していたような気がしないでもない、梅雨の合間の晴れた、でも星なんか見えないし、空を見上げることもなかった夜のお話。

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