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#夜更けのおつまみ 「ミッドナイト・コンビニエンス・キングダム」

むかしむかし、私が花小金井という駅に住んでいた頃の話だ。

若い頃はめちゃくちゃだった。

今もそれなりにハチャメチャだが、今以上に嵐の中で戦う毎日を送っていた。

毎日びっくりするぐらい泣いた。一生分ぐらい泣いた。

泣き過ぎると酒が飲めるくらい口の中がしょっぱくなるし、鼻から涙が垂れることを知った。それこそ酒のアテになりそうなくらい。


その日は説教によるサービス残業で帰りが遅くなった。それにしても、腹が減った……なんて、どこかのバイプレーヤーみたいなセリフが零れる。それに、お酒も恋しい。

今の私を慰めてくれるのは、遠くからでもわかる蛍光灯の光だけ。

23時。今、世界で最も優しい色はオレンジ、緑、赤の三本線でできている。あの三色を見るだけで折角泣き止んだばかりなのにまた泣いてしまいそうだった。

扉を開き、オレンジの篭をかっさらい、「これもいい、これもいい」とかわいこちゃんたちを一袋一袋見定めていく。もはや全て欲しい。

もし、石油王と結婚したら、この花小金井中ほコンビニの覇者<オーナー>として君臨してやろう。……あれ、思ったよりしょぼいなそれ。絶対めっちゃ働いてるじゃん。

私は陳列されている食品の全てが愛おしくてたまらなかったし、この23時の花小金井で最もコンビニを愛する女だった。花小金井の女王だった。

だが、花小金井の女王はつつましいので、お惣菜は食べきれる量にするよう気を付けた。花小金井の女王は仕事も自炊もろくにできないが、コンビニのお惣菜を買うことだけはこの地で最も長けているのだ。

「おつまみ」にしては多すぎる量の食品を買い込み、レジのお兄さんに心の中で「おつかれさまです」と敬意を払う。

コンビニよ、こんな時間まで営業してくれてありがとう。本当にありがとう。

今でこそ時代錯誤の感謝の言葉を唱え、花小金井の女王を自称するフリーターはコンビニへの愛の言葉を唱えたのだった。


その後は私の時間だった。

なにせ、私の王国はこの花小金井の城……家賃六万円のアパートの小さなテーブルの上で完成したのだから。

ドン、ドン、ドン、チーン

酒、おつまみ、おつまみを並べ、ヒャッハーとする。ちなみにチーンはレンジの音だ。

文明よありがとう。エジソンよありがとう。猿よ、人間に進化してくれてありがとう。

人々が寝静まった時間にこんなにほくほくのチーズグラタンが食べられるのはあなた達過去の人々のお陰です。本当にありがとう。

とろーり伸びるチーズグラタンをフォークで巻き取りほふほふと口の中でお手玉し、お酒で流し込む。

うーん、ヴェリーグーーーッド!

次はから揚げ。これはマスト。絶対に外せない。おつまみ界の永遠の四番打者だ。そして、酒。うーん、これは解説の矢御さん、どうでしょう? はい、旨いですね。これは旨い。とっても旨いです。

そう、説明不要だ。時刻は24時を回ろうとしている。私くらいになると時間すら味方につけて酒を飲めるのだ。うーん最高にうんめぇ。美味いではなく旨い。うまい!

どうでもいいが、当時の私はから揚げにレモンをかける人の気持ちが全然わからなかった。あの肉!!! 油!!! が好きだったのだ。これが若さ。数年後見せつけられた現実が夢ならばどれほど良かったでしょう。

そしてスペシャルゲストの登場。今日のゲストはなんと海外からいらしている! じゃん、韓国のりさんだ。

そこそこ腹が膨れてからの韓国のりさん来日。

めちゃくちゃ腹が減っていたので順序もへったくれもないし、私が編集者なら「先生、起承転結がめちゃくちゃじゃないですか」と涙目で眉がハの字になる。

だが、韓国のりさんじゃなきゃだめなのだ。コンパクト主義なのでカード式がいい。私が選んだのは韓国のりさんでした。そしてお供はチューハイから焼酎に交代だ。

やっぱりこの塩加減、ごま油の香……できる。こんなにカード式のものを口に入れている点では挿入式のIC専用券売機といい勝負だ。すごいぞ花小金井の女王。

もちろん、一枚挿入したら焼酎を飲む。ぐびっと行こうぜ、ぐびっとな!

うーん、焼酎と塩気が交わりインザビューリー!!


そんな具合で酒もおつまみも楽しめるだけ楽しんだら、また辛い現実に出発だ。

辛いけど、毎日辛いけど、頑張ろう。生きてるってサイテーだけど、誰に嫌われても文明はこんなにも私を愛してくれるんだから。

ちっぽけな王国の民たちは、こんなにも花小金井の女王を愛し、満たしてくれるのだから。

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