狼男【超短編小説】

沈んでいく海の底から眺めたまんまるの月。 
必死の叫びは泡となって消えた。
必死のもがきは海の藻屑と消えた。
やがて月が消えた。
視界が消えた。
人としての輝きを失い、狼へと変わった。
それが人としての最後の記憶だ。

ねずみを食べて、泥水を飲んで、がむしゃらに走った。
血反吐を吐いて、弱音を吐いて、それでも足は止めなかった。

山頂にたどり着いた時、海の底から見たときより月が大きく見えた。
神々しいほどの美しさに恐怖を感じ、思わず叫んだ。

「ワオーン」
狼の白い息が月光に照らされた。

すると遠くから狼の遠吠えが聞こえた。
「ワオーン」

それがやまびこなのか、月から跳ね返った音なのか、仲間の狼の遠吠えなのか。
それは誰にもわからない。

「ワオーン」
「ワオーン」
「ワオーン」
狼は鳴くことをやめなかった。

やがて朝が来た。
金色の月は輝きを失い、白い月へと変わった。
いつからだろう。
寒空に太陽がのぼり、白い月は消えていた。
いつからだろう。
狼の白い息は消えていた。


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