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5G、6G無線通信技術に対応するためのミリ波電子回路設計技術(2)


はじめに

 2020年に5G無線通信サービスが商用化された。以降、研究開発現場では次世代通信規格である6G無線通信技術に関する話題が増えてきている。5G通信技術では38GHzまで周波数を用いるが、6G通信では300GHzに至る周波数帯を用いることが検討されている。したがって、従来のマイクロ波帯(3GHz~30GHz)だけではなく、ミリ波帯(30GHz~300GHz)が主たる利用周波数帯になる。
 前回はミリ波帯における材料の誘電特性は知られていないケースが多く、材料メーカーから供給されたマイクロ波帯における評価結果をそのまま利用すると、特性インピーダンスが設計よりも外れた値になってしまうことを指摘し、応急処置としてマイクロ波帯と光学領域における評価結果を併用することを提案した。しかし、この応急処置は以下に詳述する誘電緩和が利用周波数において発生していると全く通用しない。というより、そもそもその材料をその周波数で使用すること自体が不適切、という判断になりうる。こうした判断をするには、材料の誘電特性の原理について、浅くでも良いの知っておく必要がある。そこで、今回はここに焦点を当てる。内容を簡略化するため、誘電率に着目した内容とし、誘電正接(誘電損)については触れない。
 なお、以下にとても固いお話が続くのだが、以下の2点を理解して頂ければ、細かいことを理解せずとも良い。
 ・材料の誘電率には周波数依存性がある
 ・特定の周波数において誘電率は急峻に変化する。その周波数は材料によって異なる

材料の誘電特性の起源

 そもそも誘電率とは何なのか?義務教育に立ち返り、コンデンサの話を思い出していただきたい。金属の平行平板のペア(≒コンデンサ)があって、さらに、筆者の記憶が正しければ、誘電体という石を挟むことで、より多くの電荷を貯める事ができる、という話を全員習った事があるはずだ。この時にコンデンサには、誘電体を挿入する前よりもさらにεr倍の電荷を貯める事ができるようになる。この時のεrは比誘電率と呼ばれ、誘電体としての材料の性能を示す指標である。材料の誘電率というと、この比誘電率を指していると考えてよい。
 それでは、なぜこの誘電体を挟むと、より多くの電荷を貯めることができるのだろうか?それは誘電体内に電荷の偏りが生じるからである。誘電体表面に多くの負電荷が集まれば、平行平板側にはより多くの正電荷が集まることになる。逆側では誘電体表面に正電荷が集まり、平行平板側には負電荷が集まる。従って、比誘電率は誘電体内の電荷の偏りの生じやすさを表している。
 では、この電荷の偏りは、どのようなメカニズムで発生するのだろうか?これは単一ではなく複数の要因があるが、粒界、結晶構造内の原子(分子)の位置ズレなどがある。後者に関して、例えば誘電体材料として広く知られるチタン酸バリウムは、その結晶構造は酸素原子で構成された檻の中でチタン原子が偏った位置に動く事で電荷の偏りが発生する。この時、チタン原子が電荷のキャリアとなる。この時の電荷の偏り方は、酸素原子の檻のサイズによって変わることは、何となく想像できるかと思う。材料によってこの檻のサイズや形は変わるため、誘電率は材料によって千差万別となる。さらに檻のサイズだけではなく、檻の中での分子・原子の動きやすさも材料によって異なる。

交流周波数と原子の動き

 前項で誘電率の起源は材料内部での電荷の偏りであることを述べた。交流信号を印加すると、それに追随するように材料内部で電荷が移動して、コンデンサにより多くの電荷を貯めることができるようになる。この時、ヒトには感じることができないレベルではあるが、電荷はピコ秒やあるいはそれより短い時間をかけて材料内部を移動する。交流信号の周波数が十分に低ければ、例えば50Hzであれば電荷が移動するには十分な時間であろう。しかし、印加する交流周波数がどんどん高くなるとどうだろう?例えば、THzレベルになると交流信号は1ピコ秒(10^-12)で1周期となる。この時、電荷の移動に1ピコ秒以上かかる材料の場合、電荷が移動しきる前に交流信号の正負が切り替わってしまう。すると、交流信号を印加しても電荷の移動が起きなくなる。電荷の移動が起きないということは、誘電率が低下するという事である。このように材料の誘電率は高周波になればなるほど小さくなり、しかも特定の周波数で急峻に誘電率が低下する。この現象は誘電緩和と呼ばれる。したがって、マイクロ波帯で10という誘電率であった材料が、ミリ波帯では2ぐらいまで低下してしまった、というケースもあり得るのだ。
 本稿では『結晶構造内の原子(分子)の位置ズレ』を想定しているが、結晶粒界による電荷の偏りも電荷の移動が起源であるため、周波数依存性がある点は同じである。また、基本的に比誘電率は周波数に対して右肩下がり(単調減少)である。

通信デバイス設計に与える影響

 前項の通り、原理的に材料の誘電率は周波数依存性がある。例えば前項の最後に述べたように、比誘電率が10だと思って設計をしたら、実際の利用周波数においては2だった、ということが起これば、特性インピーダンスが狙い値から大きく外れて、ほとんどの高周波信号がデバイス入口で反射されてしまうだろう。前回、ミリ波帯での誘電率が未知の場合、マイクロ波と光学領域での誘電率を確認すべし、と述べたのは、未知のミリ波帯において急峻な特性変化点がないことを確認する、という目的もある。基本的に単調減少なので、誘電率がマイクロ波帯で10、光学領域で5、ならば、5~10の間のいずれかの値をとっているはずだ。

最後に

 今回は少し硬めの材料工学的な内容になってしまったが、『5G、6G無線通信技術に対応するためのミリ波電子回路設計』を行なう上で、最低限知っておきたい事項だと判断した。長々と述べてしまったが、冒頭に述べたことを繰り返すが、以下のことを理解すれば十分である。
 ・材料の誘電率には周波数依存性がある
 ・特定の周波数において、誘電率が急峻に変化する周波数点が存在し、その周波数は材料によって異なる
 次回はミリ波帯における材料評価手法について述べる予定である。

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