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修学旅行ごっこ 4 八坂神社から祇園まで

 このコラムは小説『皐月物語』の中で修学旅行に行く小学生が立てた京都観光のプランを、著者が実際に行ってみて検証したものである。

 今回は最初の訪問地の八坂やさか神社への到着から祇園ぎおんを経て、次の訪問地の賀茂御祖かもみおや神社(下鴨しもがも神社)へ至る祇園四条ぎおんしじょう駅までを記していこうと思う。
 まずは『皐月物語』の中で藤城皐月ふじしろさつきたちが作ったスケジュールの確認から。

10:55 八坂神社 着
11:10 八坂神社 発
11:27 祇園四条駅 着

皐月のスケジュール

 実際に僕が歩いた時の記録は次の通り。想定時刻より20分ほど前倒しとなった。

10:34 八坂神社 着
11:44 八坂神社 発
11:05 祇園四条駅 着

僕の行程

 まずは八坂神社から。

 八坂神社は個人的に思い入れのある神社だ。その理由は御祭神が素戔嗚尊すさのをのみことであることだ。
 僕の産土うぶすな神社(母親のお腹に宿った土地にある神社)は『皐月物語』の中で度々登場する豊川進雄とよかわすさのお神社で、御祭神が進雄命すさのをのみことだ。

 進雄命は素戔嗚尊とは表記が違うが同一神なので、八坂神社には僕の産土神うぶすながみが祀られていることになる。

 八坂という言葉も好きだ。
 八坂は弥栄いやさか(彌榮)のことで、ますます栄えることという意味だ。めでたい時や嬉しい時に、その気持ちを込めて発する「万歳」という言葉の代わりに「弥栄」と言うこともある。
 また、弥栄を「ヤーサカ!」とヘブライ語で発音すると「神よー!」という意味になるらしい。祇園はシオンだという説もあり、古代日本と古代ユダヤの繋がりがあったかもしれないと思うと興味深い。

 ちなみに、僕は音彌という名前を付けているが、ブラウザのアドレスを見てもらいたい。そこには「yasaka_otoya」と書かれてある。
 そう。僕のネットでのフルネームは八坂音彌なのだ。この八坂はもちろん八坂神社にちなんで決めたのだ。

 この旅では八坂神社には円山まるやま公園から東北門に入るルートを取った。八坂神社の表玄関の西楼門から入りたかったところだが、清水寺きよみずでらからねねの道を歩いたので仕方がなかった。
 東北門はそこが八坂神社だと知らなければ、本当にここから入って八坂神社に行けるのか、と思うほど地味なたたずまいだ。
 東北門を入って、すぐに左へ進むと美御前社うつくしごぜんしゃがある。円山公園から来ると、順路的には真っ直ぐに進んで北門の方へと行きたくなるが、僕はあえて左へ行く。こっちの方が日が当って明るい。

美御前社

 美御前社には宗像三女神むなかたさんじょしんと呼ばれる多岐理毘売命たぎりびめのみこと多岐津比売命たぎつひめのみこと市杵島比売命いちきしまひめのみことが祀られている。
 市杵島比売命は絶世の美女ということらしく、美御前社は市杵島比売命にあやかって美容の神として信仰されている。舞妓さんや芸妓さんも美御前社によく参拝されるそうだ。
 お社の前に美容水と呼ばれる湧水がある。この御神水を2~3滴肌につけると容姿だけでなく心も美しくなれるらしい。
 僕もひとつ試してみようかと思ったが、もうすっかり歳を取ってしまっている。今さら皐月のような紅顔可憐な美少年になれるはずもないからやめた。時の流れは無常だ。

美御前社 美容水

 市杵島比売命は弁天べんてん様として有名だ。神仏習合思想の本地垂迹ほんじすいじゃくでは市杵島比売命は弁才天べんざいてんに比定され、同神とされいる。

 八坂神社の本殿には主祭神の素戔嗚尊の他、東御座ひがしござに妻の櫛稲田姫命くしいなだひめのみことら三柱の神が、西御座にしござに御子神の八柱御子神やはしらのみこがみと総称される八柱の神が祀られている。
 この八柱御子神の中に宇迦之御魂神うかのみたまのかみという、稲荷神いなりのかみ(お稲荷さん)として有名な神がいる。

八坂神社本殿

 八坂神社では写真撮影に制限がある。個人でのスナップ写真等は規制されていないけれど、提携する写真店以外の外部業者による営利目的の撮影は一切禁止されている。

 僕は今も昔も観光地に住んでいる。観光地のいいところは訪れる人がみんな楽しそうにしていることだ。不機嫌な人、悲しそうな人、苦しそうな人がほとんどいない。
 自分が落ち込んでいる時に嬉しそうにしている人が大勢いるところを歩いていると幸せな気持ちを分けてもらえる感覚がある。これはきっと魂の波動が共振して、上げてもらっているんだろうなと思う。
 そんなわけで、ここに楽しそうな女性の写真を載せることにした。プライバシー保護のため、顔にはモザイク処理をしたが、楽しそうな雰囲気は伝わっていると思う。

 八坂神社の本殿の下には大きな池があり、青龍が棲んでいると言われている。
 京都盆地には大量の地下水があり、その地下水賦存量ちかすいふそんりょうは約211億トンだということが関西大学の楠見晴重教授によって算出されている。琵琶湖の水量が約275億トンなので、京の都は地下水に浮いているようにも思える。
 八坂神社の由緒書では、青龍とは方角を司る四神のうちの一神で、東方の鎮守であるという。
 だが龍神は水を司る水神として日本各地で祀られている。そう考えると、八坂神社は龍を鎮める京都の要の神社なのかな、という気がしてくる。ひょっとして本殿の床下に要石でもあるかも。

 今回の旅ではスルーしてしまったが、境内には疫神社えきじんじゃという疫病除けの神を祀る社がある。
 御祭神は蘇民将来命そみんしょうらいのみことという備後国風土記に記された人物だ。疫神社は蘇民将来社そみんしょうらいしゃとも呼ばれている。
 蘇民将来の説話は日本各地に伝わっている。詳細は省くが、素戔嗚尊が恩人の蘇民将来に茅の輪(ちのわを腰につけておくようにと指示を出すと、その日の夜に蘇民と妻子以外の住民を皆殺しにしてしまった。
 素戔嗚尊は蘇民将来に「疫病がはやった時、芽の輪を腰につけて『蘇民将来の子孫なり』といえば災厄から免れる」と約束をした。旧約聖書に出てくる、小羊の血で災いを免れる過越祭と構造がよく似ている話だ。

蘇民将来守

 我が家には八坂神社で購入した「蘇民将来守」がある。これは木を八角に削って作られた八角木守で、各面に「蘇民将来之子孫也」と書かれている。家の玄関にこの八角木守と芽の輪を掛けている。

 この写真のお守りはかなり古いものだ。この旅で新しいものに更新しておけば良かったが、うっかり持っていくのを忘れてしまった。ううっ……自分の免疫に頑張ってもらうしかないか。

八坂神社 西楼門

 八坂神社の参拝を終えて時間をチェックしてみると、滞在時間がたったの10分だった。
 これは酷い! いくら小学生の修学旅行を演じたとはいえ、あまりにも短すぎる。でも、小学生らしく摂社末社をあまり気にしないで、本殿を中心にうろうろするだけならこんなものかもしれない。
 皐月たちは滞在時間を15分と想定していた。トイレ休憩を入れると、今回の旅の時間の使い方とほぼ一致している。修学旅行として考えるなら、短い滞在時間は妥当だったのかもしれない。

 この後、八坂神社を出て祇園の街並みを観光して、賀茂御祖神社(下鴨神社)へと向かった。八坂神社から祇園四条駅に至るまでの距離はおよそ 1.3km。下鴨神社へは祇園四条駅から京阪本線に乗って出町柳駅まで行く。
 八坂神社の西楼門を出ると正面に四条通(市道186号)が伸びている。東大路通(府道143号)と交差する祇園の信号を渡り、四条大橋方面へ歩いて行くと祇園四条駅に行ける。途中で左折して花見小路通に入ると祇園の街並みを見ることができる。

四条通

 アーケードのある四条通は古い建物が今なお現役で稼働しているからか、少しレトロな感じが残っていながらも活気がある。京都市道186号嵐山祇園線は京都市東西のメインストリートでありながら、中央分離帯のない片側2車線というのも味わい深い。歩いていてほっとする温かみがある。
 赤い塀の切れ目から左に曲がると花見小路に入る。ここからは撮影禁止になる(と思っていた)。
 この時は花見小路が撮影禁止なのかと思ったが、後で調べると、実際は私道での撮影が禁止なのであって、花見小路の写真は撮ることができた。私道と公道の区別は観光客にはわからない。写真に残せなかったのは残念だった。

 花見小路は電線が地中に埋設されていて見通しが良い。遊郭を思わせる赤壁は豊川にあった圓福荘えんぷくそうという遊里を思い出す。
 幼馴染が圓福荘の中にある家に住んでいて、小さい頃によく遊びに行っていた。僕の祖母もその中の一軒に住んでいた。
 友達の家の壁はもちろん赤かった。だが赤いのは外壁だけでなく、内壁までも赤かった。子供の頃だから何の意味があるのか全然わからなかったが、今思うとなんと色っぽい建物だったのだろう。

 花見小路にはお茶屋が数多く立ち並んでいる。お茶屋とは舞妓さんの職場で、お座敷を貸す家のこと。置屋とは舞妓さんが生活する家のこと。お茶屋と置屋を兼業しているところもあるそうだ。
 皐月の家は置屋だ。そして、僕が昔住んでいた家も置屋だった。
 『皐月物語』は自分の体験を少しだけ織り交ぜている。残念ながら僕は皐月のようにモテモテではなかったが、祐希のような女子高生が親に連れられて家に住み込みに来たことはあった。
 花見小路のお茶屋を見ていると、昔の記憶がリアルに甦ってきた。豊川だから京都のような雅の極致とは程遠いけれど、あれはあれで良かったし、楽しかった。

 来た道を戻り、再び四条通に戻った。外国人や着物を着ている若い女性が行き交う四条通は歩いているだけでも楽しい。
 そうして僕は京阪電車の祇園四条駅に着いた。皐月の計画より4分ほど予定をオーバーした。祇園を歩いていると思うことがたくさんあって、足を遅くしてしまったようだ。
 ここから電車に乗って出町柳駅まで行き、次は賀茂御祖神社(下鴨神社)だ。

祇園四条駅

 次は出町柳駅から鴨川デルタに寄り道をして、賀茂御祖神社(下鴨神社)を参拝する行程を書くつもりです。

最後まで読んでくれてありがとう。この記事を気に入ってもらえたら嬉しい。