"無冠"という響き

先日、竜王戦第7局において羽生竜王と広瀬八段の決着がついた。
第1局と2局を制した羽生竜王、第3局と4局を制した広瀬八段。
5局、6局は袂を分かち、迎えた第7局。
羽生竜王は勝てばタイトル通算100期、負ければ27年ぶりの無冠。

将棋を知らない人でも名前を知っている羽生善治さん。
私の卒園式のアルバムの後ろに載っている年表に史上初の7冠達成が記されていたのは未だに覚えている。
ここ数年、昔やっていた将棋に興味を沸かし棋書を読んだりして勉強している。
同時に藤井七段の台頭により、多くの場面で将棋に触れる機会が増えた。
それと同時にプロの将棋指しがどれだけ偉大な存在であるか知った。

棋士と呼ばれる人たちは私たちがいる世界とは全く違う世界にいる。
幼い頃から将棋の魅力に魅了されその最先端を開拓してゆく求道者である。
江戸時代からルールは変わっていない将棋というゲームに未だ攻略法は発見されていない。
その中には無数のドラマが存在する。
羽生さんはこの宇宙のような世界で30年以上も最先端を走り続けた。
誰もが予想しない妙手を人は「羽生マジック」と呼んだ。
勝ちが近づき現実に引き戻されたとき、羽生さんの指し手が震える。
相手はその震えに戦慄する。

今回の竜王戦第7局。
開始から100手を超えても均衡が保たれていたようだ。
プロの棋譜をその場でみて判断できるほど将棋を私は知らない。
仕事の最中、この一局の事は常に気になって仕方がなかった。
対する広瀬八段は大学生で王位のタイトルを獲得し、振り穴王子(四間飛車穴熊)として棋界を席捲した。
しかし、近年は居飛車でとてつもない実力を発揮している。
実力レーティングでも現在第一位で文字通り最強の挑戦者であった訳だ。

広瀬八段といえば羽生さんの王位戦で体育座りして途方に暮れる姿がネタにされているが、現在では順位戦もA級であり、その棋戦でも4勝1敗と名人挑戦者争いを繰り広げている。

将棋の対戦で終盤の一手は勝敗を決めると言われているが、羽生竜王の方にその悪手が出てしまったようだった。
その後も、広瀬八段は正確無比に指し続け、勝敗は決した。

見事に広瀬八段は竜王位を獲得した。
羽生竜王は失冠し、タイトルを27年ぶりに持たない"無冠"になった。

本来、"無冠"は普通な事だ。
将棋の世界にはタイトルが8つしか存在しない。
名人・竜王・叡王・王将・棋王・王座・棋聖・王位
160人ほどいる棋士の中でも一握りの人間が名乗れるものである。

この"無冠"を見て人は羽生は衰えたと言う。
こんなに失礼な事はない。
AIと若手の台頭でどうしても年齢を重ねた者は淘汰されてゆく。
将棋は完全に実力の世界。
何一つ言い訳は出来ない。
全ては自らの力のみで証明しなければならない特別な世界。
その中で将棋というゲームを繁栄させていった功績は絶大である。

将棋の流れはとても早い。
少し前まで横歩取り、雁木といわれていたが、今は角換わり、研究に研究を重ねられ流行り廃りが極端に入れ替わる。
新しい戦法がでれば、その度に研究され淘汰されて行く。

何十年も同じ相手と戦う異質な世界。
敵なしの羽生善治という棋士も一人の人間である。
"無冠"という響きに寂しさを感じるのは、それまで彼が残してきた功績があまりにも大きすぎるからだろう。
竜王戦七局。
全てが感動的な戦いであった。
威信をかけた大一番。
私たちは次の一手を固唾を飲んで見守る。
羽生善治九段はこのままでは終わらない。
広瀬新竜王が誕生し、更に深まる群雄割拠の時代に彼はどのような戦いを見せてくれるのか、私はこれからも追い続けたい。

2018/12/22 両者に感謝

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