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自分の地元はどこなのか。

こんばんは。
幼少期に5回引っ越しを経験した、やすです。

初の引っ越しは4歳。
幼稚園に馴染み、年中になった頃でした。

仲良くなった友人や先生に会えなくなる。
楽しかった幼稚園にもう二度と行けない。
と理解したのは、手続きも完了し、
退園後、新天地に向かう車の中。
めちゃくちゃ泣きました。
嫌で嫌で仕方なかった。
苦手だった車の匂いを嗅ぎながら、
すこし気持ち悪くなりながら、
自分ではどうにもならない現実を受け止めきれませんでした。

ウチは”テンキンゾク”だから。
と親に説明され、
引っ越すのは仕事の都合で仕方ない。
子供ながらに、無理やり納得したように思う。

新天地で、だれかとすぐ仲良くなるのは得意だけど、
友人の入れ替わりも激しかった。
地元同士の強いつながりや絆に憧れる事があった。
共にしてきたであろう時間の長さと、
お互いの信頼感。
見えない絆みなたいな物で繋がれている様に見えた。
僕は、誰かと深く付き合いたいと思っていたのかも知れない。

社会人になると、
その葛藤も少なくなりました。

それでも、1年に数回程度、
中学や高校の同級生と呑み会をするのは、
幼少の頃の憧れが影響しているのかもしれません。

安心できる友人と呑めるって良いですよね。

▼引っ越し遍歴を書いておきます


清水康行
兵庫県西宮市生まれ

栃木県宇都宮市
(雷がバンバン落ちて怖かった)

神奈川県中郡二宮町

大阪府和泉市

長野県下伊那郡売木村
(人口700人程度の村)

神奈川県中郡二宮町
(~20歳) 


強いて言えば、
一番長く住んだ二宮町が地元と言って良いのかもしれません。

色んな街で出会った人とのつながりは、もうありません。
SNSが無い時代だったので、
年賀状を数回出して、それっきりな人が多い。

こんな時代だから、
発信している内に、
また会えたら嬉しいなぁと思って、noteにしています。

もし、天然パーマの清水康行を覚えてくれていたら、
お酒を酌み交わしましょう。
どんな人生だったか聞いてみたいな。


最後までお読みいただきありがとうございました。
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やす


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