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台湾文化を学ぶこと。大学院前期を終えての所感と二二八事件

台湾での大学院、一年前期が終わり後期が始まりました。

前期は4つも授業を取ってしまい、一つ一つの主題を深めることがちゃんとできなかったと反省。今期は2つに絞って、授業ごとの主題についてじっくり考えていけたらと思います。

後期にとった授業のうちの一つは「カルチュアル・アイデンティティとナショナリズム」ということで、この半期で感じたこと、さらに第一回目の講義の主題、「台湾における集団記憶」について、初回から面白い内容だったので書き留めておきます。時期もあり、主に二二八事件についての話です。

ニニ八和平記念公園という社会空間から見るナショナルアイデンティティの変容

ニニ八和平記念公園とニニ八事件

台北駅近く、都会の喧騒から少し離れた場所にある二二八和平紀念公園。昼間は、読書を楽しむ人、子供と遊ぶ親子の姿など、様々な人々が思い思いの時間を過ごしている。

公園の名前にある「二二八」とは、1947年に台湾で起こった悲劇的な事件を指す。毎年2月28日は、台湾の国家休日であり、公園内では毎年追悼セレモニーが開催される。

元々、日本統治時代に植民地政府による台北駅前の開発の一環で、「新公園」として作られたこの公園は、1996年に当時の台北市長 陳水扁によって「ニニ八和平記念公園」と改名された。

一見、二二八和平紀念公園は、単なる公園のように見える。しかしそこは、日本統治時代に始まり現在に至るまで、台湾の歴史と記憶を刻む重要な場所となっている。

ニニ八和平記念公園という社会空間とナショナル・アイデンティティ

Scott Simon氏は2003年の論文(※)で、二二八和平紀念公園を中心として、社会的記憶をめぐる闘争がどのように展開されたかに焦点を当てている。

なぜこの公園という場所に焦点を当てるかというと、彼は「そのような社会空間の人類学的な研究は、アイデンティティの創造をより良く理解す
ることを可能にする」からだと説明する。

アンダーソンによって提唱された「想像上の共同体(Imagined Communities)」の概念では、ナショナリズムは資本主義と情報技術の発展が生んだ近代の産物である。ナショナリズムは言語によって想像された共同体の一種の形態なのである。

よって当然ながら、時代や政治背景によってナショナリズムは変容する。実際に、台湾における約50年間におよぶ日本統治、国民党と民進党の対立、中国との関係といった歴史的背景は、台湾ナショナリズムとアイデンティティ形成に大きな影響を与えてきた。

サイモン氏の見てきた2003年ごろの二二八和平紀念公園での追悼式典の様子は非常に興味深い。「式典の前後のスピーチは日本語と台湾語で行われて」おり「式典の冒頭で配布された中国語の資料には、日本の日蓮宗の僧侶によるエッセイが掲載されて」いて、式典は「蓮宗の数珠とお経の本を取り出し、日本語でお経を唱え」られたそうだ。まだ日本統治時代の日本教育を受けて育った人が多く、さらにその人たちが下の世代にそれらを引き継いでいたという。

一方、先日行われた2024年の式典では、参加者個々の内面は分からないが、上記のようなことは全くなかった(YouTubeのライブ映像を見る限り)。会場音楽にジブリの映画音楽が使われていたものの、それはアイデンティティの表象ではなく、あくまで「会場音楽として」使用されていたに過ぎないだろう。この20年の、台湾におけるアイデンティティ変容が、式典を通して感じられる。

台湾はいまだ、アイデンティティ変容のダイナミクスの中にいるのだろうか。日本統治以降の台湾史を単独に見ると、台湾アイデンティティは強固化しているように見える。若い世代の社会運動を見ると、それは顕著である。しかし国際情勢を考慮すると、いまだ不安定な状況は続いている。

※1 Scott Simon, 2003, Contesting Formosa: Tragic Remembrance, Urban Space, and National Identity in Taipak

他者と自身のナショナルアイデンティティ

前期が始まってすぐ、私は大きな誤解をしている気がした。もともと異文化の研究に腰を据えて取り込めることは楽しみにしていたし、台湾研究を通して、日本ではすでに無くなったものや、文化的多様性を見出そうとしていた。

しかし、どのような分野においても、文化の前に台湾ナショナルアイデンティティというテーマがついてまわる。もはやそれこそがほとんどを占めるといっても過言ではないくらい、重要なテーマとして存在している。ナショナルアイデンティティについて考えることなしでは、台湾文化研究は成り立たないと言っても良さそうだと思っている。

だからこそ、自分自身のナショナルアイデンティティについても考えなければならない。自身の日本人アイデンティティの源流を、今もう一度学びなおす必要性を感じた。

丸山眞男「日本の思想」において

中国の思想的文化伝統に対する「伝統的」コンプレックスが、対西洋コンプレックスに接続したために、東洋対西洋の問題と、東洋における「近代」のチャンピオンとしての日本という問題とが思想的に交錯し、それが後に日本が帝国主義的発展をとげるほど虚偽意識的性格を強め、安易な東洋「綜合」観が発酵するにいたったのである。

丸山眞男. 日本の思想. 1961年

という一文があるが、まさにそのような「思想の発酵の過程」を知る必要がある。これは長期的に考えたい主題でもある。

最後に

台湾の近代以降の歴史や文化は、レヴィ=ストロースの構造主義が示唆するように、目に見えない構造によって深く形作られているように感じられる。政治や国際関係の変化が織りなすダイナミズムは、歴史や日々の生活の中に息づき、私たちに強く印象を与える。

「親日台湾」という記号だけでは捉えきれない、多層的で複雑な文化を探求することに、まさに今、この場所で私たちが学ぶ意義があるのではないかと思います。(後期もがんばろう)

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