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73.実家のCD棚探索記1:20世紀末の日本のインディーズ

実家にはCDラックがあって、気が付くとタイムカプセルのような役割を果たしています。音楽を聴く主流がストリーミングに移ったので、CDはほとんど実家に置いてあるんですよね。帰る度に掘り出してみますが、雑食にサブカル・レアな音楽を集める習性があったので、「え、ナニコレ!?」みたいな、掘り出しものを見つける感覚があります。自分のラックなのに。さすがに何があるかを全部は覚えていないんですね。掘り出すと思い出すんですけど。

で、第一弾。今回は日本のインディーズ特集。はっきり言って音楽的洗練度は低いというか粗削り。万人受けには程遠く、聞く人を選ぶ音楽です。同時に、(よほど”変な音楽”を意識的に掘ってこなかった限り)「今まで聞いたことが無い」音楽もたくさんあると思います。先日からいくつか自作曲を蔵出ししていますが、最初の2枚(我が青春のヴァジュラid愛情と幸福)を作ったときに聞いていた、いわば「元ネタ」たちともいえる音楽たちをご紹介。今回紹介するCDを聞いて「自分でもこういうのやってみたい」と思って作ったのが先の2枚。

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まずは写真を1枚。ざっと掘り出したものを撮ってみました。これを見て「ああー! あれね!」という方はどれだけいるんだろう。たぶん、日本中に10万人ぐらいはいると思うんですけどね。映っているのは「boat」「パラダイスガレージ」「ジャックバドラ」「ガーリックボーイズ」「我々」。パラダイスガレージはこのアルバムはメジャーから出たかも。他はどうやって入手したのかなぁ。タワレコのインディーズコーナーだったか。当時インディーズマガジンというムックがそこそこ売れていて、ちょっとしたインディーズブームがあったんですよね。1990年代後半から2000年代初頭だと思います。そのころ、HMVかタワレコもインディーズに力を入れていてこういうCDが流通していたのだと思います(ちなみに新星堂は独自路線でV系を攻めてましたね)。この「インディーズマガジン」を読んでいろいろと刺激を受けて、自分もやってみたくなって2枚のアルバムを作った記憶があります。

インディーズマガジンの収録曲リストがありました。これを見ながら今回発掘したアルバムを含め、記憶を掘り返してみようと思います。

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まずダッフルズ「暴力フォーレバー」。ダッフルズは1998年1月にヌンチャクを解散した向達郎と、GARLICBOYSの二牟礼知巳(LARRY)によって結成され、1999年にアルバム「暴力Forever」をリリース。この1枚だけで活動停止してしまいました。LARRYがダッフルコートを着ているからダッフルズだったはず。どこまで本当でどこまで冗談かわかりませんが。ライブを観たことは無くて、純粋に音源だけで知っているバンド。言葉のセンスがすごく独特なんですよね。このアルバムにはノックアウトされました。

思い出した、このアルバムだ。このアルバムに影響を受けて、こんな言葉遣いをしてみたくて「結局ハイエナ」を作ったのを思い出しました。

散々泣いた/気が付いたから/錆びたナイフ/ポケットで握り/期待外れ/倒れたら嫌いだなんて言うが/単身闘争/かなり嫌になり/顔に絡めるは来世の笑みで/微笑め野良/かもめだもの/冬が来れば去る/心当たり/洗いざらい行く/あと胸にも幸せを頂戴/笑う感で/腹から親にも似ずに生まれて/疎まれ汚れ小径歩かされて/山荒らした/天照し/灰と化す個体が/笑う罪に/妻等無い感情/寄る辺無い哀情押し寄せる/故意発信で/時代バラシ去来す/単調に抱える/明日春となれの/夢をくれた/凍り付いた空/切り裂いたら/黒ずんだ屋根が/崩れ落ちる/別れ際/酷な言葉/食らってお終いさ/高嶺の花/罪犯し堕ろされ/顔に絡めるは/来世の笑みで/微笑め野良

■イメージしていたのはCOALTAR OF THE DEEPERSとか、ああいうシューゲイザー的な音。歌詞はこの当時、こんな感じの言葉遣いをしていたバンドがいたんですよ、インディーズマガジンで知ったんだけど。名前を忘れてしまった。それを自分なりに解釈した歌詞。

ヌンチャクといえば千葉県柏市を「ハードコアシティ柏」に変容させた偉大なバンドなわけですが、そうか、これヌンチャクの人がやってたのか。ガーリックボーイズの方は覚えていましたが、ヌンチャクの人だというのを忘れていました。ヌンチャクも聞き直してみようと思います。

ガーリックボーイズもいいバンドでした。ちょっとギャグっぽいコミカルさがあって、曲はかっこいい。「ガーリックボーイズっぽさ」というのは憧れていたかもしれません。

そうか、ガーリックボーイズはpizza of death(ハイスタのレーベル)所属だったのか。まだまだ現役で活躍中の様子、ライブ行きたいなあ。知らなかったけどももクロがカバーしたりしてる(驚)。この曲とか、今思えばガーリックボーイズを意識していたかも。

「私に勝ったらチューしていーよー」/その一言に心打たれたこの俺/人生とはバーリ・トゥード/マウント・ポジション取るか取られるか/だけどトゥーシャイシャイボーイなこの俺/しかし/ある男が言った/「攻撃こそ最大の防御なり」/な~るほどネェ!/OK/涼子/好きだ/愛してるぜヒャッホゥ!/「ゴメンネ 私 他に好きな人が出来ちゃったぁ」/燃えたよ...燃え尽きたよ/白い灰のように/だが/俺は立ち上がる/人生はフリーノックダウン制だから/立て!/立つんだ俺!/死ぬまで戦い続けろ!/それも又、一興/「君ィ、栃木に転勤してくれたまへ」/その一言に心打たれたこの俺/人生金網デスマッチ/無制限一本勝負/だけどトゥーシャイシャイボーイなこの俺/しかしある男が言った/「攻撃こそ最大の防御なり!」/な~るほどネェ!/そうだ/俺はNOと言える日本人!/「君、解雇」/燃えたよ...燃え尽きたよ/白い灰のように/だが俺は立ち上がる/人生はフリーノックダウン制だから/立て!/立つのだ俺!/倒れても立ち上がれ!/あー戦え/Fight With Me!/人生を戦え!

さて、次はジャックバドラ「プロフェッショナル魂」。

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もともと、ジャックバドラの「花に水、人に愛、料理は心」が入ったインディーズのハードコアテクノのコンピ盤をコミケで手に入れて、その勢いにノックアウトされて「アルバムの方向性はこの勢いで行こう」と思ったんですよね。このコンピ盤、ラックを探したけれど見つからなくて「あれは幻だったのか、、、」と思ったところ、なんとネットに情報がありました。インターネットやばい。

これですね。HYPER RICH。「わが青春のヴァジュラid」の記事で

バキバキに割れた音にしたのは、たまたまコミケで手に入れたハードコアテクノのコンピ盤が「これおかしいだろ」という大音量で音が割れまくっているCD-Rで、それがかっこいいなと思って音声編集ですべての帯域をマックスまで増幅しました。

と書いたんですが、これです。これにジャックバドラの「人に愛、花に水、料理は心」が入っていて、めちゃくちゃかっこええやん、と。

ちなみに、上で写真を上げた「プロフェッショナル魂」はジャックバドラのデビューアルバムで、ここにも同じ曲が収録されているんですがだいぶ大人しいバージョンだったんですよね、洗練されたというか。HYPER RICHはミックスがおかしい。これが好きだったんですよ、このめちゃくちゃな音圧が。

どうも、HYPER RICHってナードコアの走りとしても捉えられているようですね。いわれてみれば確かに。

今回はナードコアとハードコアの境目に存在したテクノレーベルである、ハイパーリッチの話です!
境目と言いながら、ナードコアとの繋がりが深く、活動も幅広かったので間違いなく、ここで紹介すべきでしょうね。

ハイパーリッチは 1993年から活動しているテクノレーベルです。
成田光三郎よって「アバレテクノ」というコンセプトの元に活動を始めました。
ハイパーリッチの音楽は世界で一番と言ってもいいぐらいの大音量で、かなり強力なハードコアテクノとなっています。
とは言っても、ジャンルの枠が広く、ハードコアとともにヒップホップからトランスまで様々なジャンルのイベントに出演していました

ジャックバドラって、Super Junky Monkeyのまつだっっ!!さんがドラムを叩いていたんですね(現在は脱退)。知らんかった(当時知ってたかもしれないけど忘れてた)。最後「いけるやんこれ笑」と言っているのは彼女かな。

このHYPER RICHのアルバムは本当にヤバくて、次の曲とかこれですからね。ナードコア感もあるけどいやぁなんかヤバい。

ふと考えてみると、これが自分にとっての初の「インディーズとの出会い」だったんですよね。メロコアとかじゃなくて、HYPER RICHという。

この曲とか、前の記事では「ジャイアントロボ」と言ってますが、HYPER RICHのこのノイズ感、爆裂感とかはかなり意識してましたね。

ある五月の日曜日/ゴスラモジラに出会った/寂しそうな街並みと/夜の闇を憎んでた/街はあっさり火の海/合成ライン丸見え/自衛隊に志願して/彼に会おうと決めた/鱗粉放射能/原子力で動き/東京電波塔/全部壊してくれ/目の前の敵と戦い/疲れ果て海へ帰り/ごく稀に海を渡る/切り裂かれ/焼け爛れ/ただ敵を倒すのみ/生まれてから死ぬまで孤独/サーチライトに照らされ/ゴスラモジラは進み/防衛線を突破し/止まれない街を止めた/やる気の無いエキストラ/逃げ遅れそこで終わる/島を6つ吹き飛ばし/やっと彼に会えたんだ/鱗粉放射能/もとはイグアナさ/東京新都庁/全部壊してくれ/原子力発電所/近付けば敵が出る/仕方なく街を壊す/噛まれたり蹴られたり/でも敵を倒すのみ/生まれてから死ぬまで孤独/たとえ彼が去っても/第二第三の彼が現れて/街を壊す/憎しみと怒りだけ/その胸に抱え込み/生まれてきた理由を探す/僕等ここで死ぬけど/君は君で生きてけ/まだ間に合うかもしれない/切り裂かれ焼け爛れ/ただ敵を倒すのみ/生まれてから死ぬまで/孤独

その後もこういう奇天烈な音楽がずっと好きで収集してきています。収集の報告はこちらの記事をどうぞ。

あと、今回の写真には載せていないけれど、インディーズマガジン経由で知った衝撃のアーティストと言えば「面影ラッキーホール」。彼らの「代理母」はめちゃくちゃ聞き込みました。歌詞がヤバいんですよね。

その後も追い続けて、OLH名義になるまで追っていましたが「代理母」がピークだったかな、、、。唯一無二のバンドだったと思います。上記のyoutubeでまとめてある4曲のうち最初3曲はヤバい。ヤバいばっかり書いてますがこれをヤバいと言わずに何を言うのか。ちなみにクレイジーケンバンドも初期は面ラホに通じるところがありましたね。

続いて「我々」。

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これ、どこで手に入れたんだろう。インディーズマガジンのサンプラーにはなくて、ただ、レビューは載っていたんですよね。

「曲はポップだがどこか微妙に狂っているズレ、一見聴きやすいが随所に張りめぐらされた毒。《我々》はポップという衣をまとって意地悪なクエスチョンを直接リスナーにぶつける。そこに非常にロック的アイロニーとユーモアを感じる。風貌は全然ロックっぽくないが、実はどんなバンドよりもロック的な部分にこだわり、ロック的狂気を実践しているバンドが《我々》なのかもしれない。」(高田たけし/インディーズマガジン 2000年2月号)

自分たちのアルバムもおいてもらったニヒル牛に行ったときに買ったのかな。いや、どこかのタワレコで買った気がするし、、、。ちょっと毛色が違うんですよね他と。ただ、なんというかポップスの狂気というか、すごい熱量を感じたアルバム。ボリュームがすごい(45曲収録!)なのもお得感があったのかなぁ。音楽的な影響はあんまり受けてないと思いますが、「こういう感じでとにかく録っちゃえばいいんだ!」と思った記憶があります。これ、毎週日曜日に1曲録って、1年で作った作品なんですよね。

なお、我々は現在も活動していて、ライブの様子はこちら。今でもやっている(25年ぐらいやってる!)だけの熱量があるバンド。その割にこれしか映像が無かった。HYPER RICH以上にマニアックなのか、、、。

ちなみにボーカルのコマツさんは高円寺で古着屋を経営している様子。ベースの女性は編集者として著名な方みたいですね。それぞれ生活が安定してるから続いているのか。いいバンドですね。

なおこれは対バンのイベントのようですが、一組目が「魔ゼルな規犬」ですね。この人も名前は知っていたけれどまだやっていたのか、、、!! こっちのインパクトの方がすごいです。

最後はパラダイスガレージ。1997年、「実験の夜 発見の朝」からオープニングナンバー「僕は間違っていた」。

パラダイスガレージこと豊田道倫はこういうスタイルでずっと今も活動していて、なんというか最初は「歌の下手さ」に衝撃を受けたというか。「うまく歌おうとしていない」んですよね。なんか心地よいし。あまり自分で歌うことに前向きじゃなかったんですが、「歌ってみようかな」と思ったきっかけになったアルバム。「わが青春のヴァジュラid」は別にボーカルがいましたが、「愛情と幸福」は全部自作自演してみたのは我々とパラダイスガレージの影響が大きい。

さて、インディーズは完成度は様々ですが、掘っていくと「聞いたことがないような音楽」にであるのが魅力でした。この後、同じ興味からワールドミュージックを掘るようになり(世界各地には予想もつかない音楽がたくさんある)、インディーズをあまり掘らなくなりましたがやっぱり今聞いてもインパクトがあるバンドが多いですね。

それでは良いミュージックライフを。





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