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【図解】STUDIO4℃が裁量労働制の訴訟判決を待たず、未払残業代を払ったのはなぜ?

こんにちは!やすまさ(@yasumasa1995)です。
今日は弁護士の向井蘭さんの社長は「労働法」をこう使え!の#263「質問:訴訟の判決を待たずに、半強制的に残業代が振り込まれた事件」を図解します。

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STUDIO4℃とは?

STUDIO4℃(正式名:株式会社スタジオよんどしい)は、日本のアニメ制作会社です。「となりのトトロ」「魔女の宅急便」(宮崎駿監督)のラインプロデューサーを務めた田中栄子が主宰する精鋭クリエイティブ集団とホームページには書いてあります。

【会社概要】
・企業名:株式会社STUDIO4℃
・役員:代表取締役社長 田中栄子
・設立日:1999年12月24日
・資本金:300万円
・従業員数:約50人

僕の好きなGLAYの「サバイバル」という曲のアニメーションも制作しています。

STUDIO4℃の労働問題の概要

今回の労働問題ではSTUDIO4℃の従業員が2019年10月、東京地裁に提訴しました。原告の男性は「専門業務型裁量労働制」で制作管理の仕事をする26才の男性でした。

スタジオ4度C

 原告の主張は主に3点です。

【原告の主張】
①アニメの制作管理の仕事は「専門業務型裁量労働制」に該当しない!
②法律に基づく正しいて続きがされていなかった!
③実態として裁量のある働き方ではなかった!

男性は労働組合「総合サポートユニオン」に加入しており、自身の残業代支払いのみならず、今回の提訴に際して労働組合とともに、「裁量労働制が定額働かせ放題として悪用されているゲーム業界課題を問題提起する」ということを目指していたようです。

STUDIO4℃が突然未払い残業代を支払ってうやむやに!?

この問題がニュースとして少し話題になった理由は、裁判で判決を出さずに突然会社が労働者へ未払い残業代を支払い、事実上半強制的な和解に持ち込んだためです。

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一度労基署から是正勧告を受けていたのですが、会社が未払い残業代の支払いを拒否したため裁判に発展しています。その後和解がうまく進まず、裁判で決着をつけるのかと思いきや・・・。

2020年6月に事前連絡なく会社から労働者の銀行口座に残業代「2,867,375円」が支払われて、数日後に遅延損害金も振り込まれたのです。結果としては労働者自身は未払い残業代をもらうことができたので一件落着ですが、なんだか腑に落ちない結末になりました。

なぜ今回の裁判は判決を出さなかったのか?

一見すると、会社側が問題を早期解決するために和解に持ち込んでまるめこんだように見えます。実際に、STUDIO4℃が7月3日公開しているプレスリリース「訴訟の件につきまして」にもその旨が記載されています。

裁判という形になってしまいましたが、しかし、これ以上の交渉が難しいと判断をしまして、 早期解決とすることといたしました。
(出典:「訴訟の件につきまして|STUDIO4℃」)

しかし、その背景には裁判官と会社の利害がうまくかみあったことがあると向井蘭さんは分析しています。

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会社が判決を出したくない理由

会社として判決を出したくない理由は、「判例を残したくなかった」ということが最も大きいと考えられます。また、想定を超える利息を払いたくないということも一部考えられます。

判例を残すと、他の労働者も訴訟すればすぐに勝てて同じだけ未払い残業代をもらえることが自明になります。そのため、数百万円、人によっては数千万円の未払い残業代を一斉に支払うこととなり、会社が倒産しかねません。
そのため、和解にもちこもうと努めていたことが伺えます。

裁判官が判決を出したくない理由

裁判官が判決を出したくない理由は2つあります。1つは単純に判決を作る事務工数がかかるためです。そしてもう1つが勝訴の根拠をどこに落ち着かせるかの判断が相当に困難と思われるためです。

「勝てる裁判」であることはほぼほぼ間違えないのですが、企業側の過失として何を認めるかが大きな争点となります。「何で勝たせるか」が難しかったのです。

勝訴の論点

 専門業務型裁量労働制を適用するための「手続き」や労働時間の「管理方法」に問題があったと認めれば、会社としては手続きを改善するだけで対応は完了します。しかし、これでは原告としては「実質敗訴」と変わりありません

もっと根幹の「裁量労働制の適用の問題」を認めると、他の労働者も専門業務型裁量労働制を適用できないこととなり、ゲーム業界の常識が崩れてしまいます。社会的に大きなインパクトのある判例となるでしょう。

仮に前者での勝訴となると原告としてはあまりメリットがないため、和解することを裁判官としては強く推奨していたものと推察されます。裁判官も会社側と利害が一致していたのです。

労働者・弁護士側が判決を出さなかった理由

結果としては判決を出せなかったわけですが、弁護士としても裁判官の顔色を伺った面はあったのではないかと向井蘭さんは考察していました。

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原告の労働者からすると、問題がうやむやにされてしまい、アニメ業界の根底にある課題は何も解決していないという複雑な心境のようです。

ちなみに訴訟した男性はまだ退職されていないそうです。

他の労働者は未払い残業代を請求しないのか?

素朴な疑問ですが、いくら判決が出なかったとはいえ同僚が「300万円」も未払い残業代をもらっていたら、他の労働者も未払い残業代を会社に請求しないのでしょうか?
実際のところは分かりませんが、労働組合に加入して支援を受けたり、裁判をわざわざ起こしてまで残業代がほしいと思わない人も結構多いのではとのことです。

他の労働者は?

そもそも専門業務型裁量労働制とは?

さて、今回の裁判では「専門業務型裁量労働制」で働いていた男性が、この制度を悪用していると主張しました。自分は専門業務型裁量労働制が適用されるべきでないし、制度導入時の手続きのやり方も正しくなかったと主張したのです。

【原告の主張】
①アニメの制作管理の仕事は「専門業務型裁量労働制」に該当しない!
②法律に基づく正しいて続きがされていなかった!
③実態として裁量のある働き方ではなかった!

この事件の理解を深めるために、そもそも「専門業務型裁量労働制」とは何かを整理していきます。

日本の労働基準法では3種類の特殊な労働契約ができるルールになっています。「専門業務型裁量労働制」はそのうちの「みなし労働時間制」の1つです。

特殊な労働契約

【特殊な3種類の労働契約】
1.労働時間の適用除外:
部長やエンジニア、ファンドマネージャーなど、労働時間で仕事してるわけじゃないよね、という人たちに対して労働時間に関する労基法の適用を除外するルール。

2.みなし労働時間制:
物理的に社外にいて何時間働いているかわからない営業活動についてや、業務が専門的過ぎて素人の経営者には労働時間がどれくらいかかるかわからない業務について、「この仕事をしたら、◯時間働いたことにしよう」と事前に決めておくルール。

3.変形労働時間制:
通常は1日8時間、1週間40時間以上働いたら「残業」になってしまうけれど、杓子定規にこのルールを使わない方が労働者にとっても使用者にとっても便利だよね、というケースで特殊な残業の計算方法を適用できるルール。

「専門業務型裁量労働制」とは、労働時間について労働者に裁量を大幅に委ねる仕事について、「この仕事をしたら、◯時間働いたことにしようね」と事前に労使協定で決めて、実際の労働時間を使わない制度です。仕事を労働者の裁量に委ねて労働時間をみなす制度なので、「裁量労働制」と呼ばれます。法律で、適用可能な19の業種が決まっています。

専門業務型裁量労働制

ちなみに、「企画業務型裁量労働制」は、専門業務型裁量労働制が適用できない19業種以外の業種で使われる「裁量労働制」です。例えば、経営戦略室の仕事などで企画業務型裁量労働制は使われます。

労使協定で事前に決めること

裁量労働制については、昭和63年に「19880314 基発第150号 労働基準法関係解釈例規について」という行政通達で、裁量労働制の位置付けは明文化されています。長期の通達は非常に長文のPDFで該当箇所を探すのが大変なので、スクリーンショットを貼っておきます。

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特に興味深いのがQAの部分です。プロジェクトの責任者については裁量労働制が認められる可能性を残しながらも、「プロジェクト管理者のもとで働く労働者」については明確に「裁量労働制に該当しない」と記載されています。

Q.プロジェクトのチームメンバーは裁量労働制に該当するか?
A.プロジェクト管理者の管理のもとで働くプロジェクトのチームメンバーは裁量労働制にはならない。

そのため、今回提訴した労働者のケースに当てはめると、実態としては裁量労働制が認められにくい状況だったのではないかと考えられます。

裁量労働制を悪用した定額働かせ放題がはびこる構造

長時間労働の問題が多いように思えるゲーム業界ですが、労働問題として発展するケースは限りなく少ないといいます。その理由は、大きく3つあるかと思います。

労働紛争が起きにくい背景

【1】やりがい搾取ができるから

1つがクリエイターやアニメファンの「やりがい搾取」です。アニメ制作の大きなプロジェクトに関わるのが夢というクリエイターは少なくありません。「仕事」が好きなため、職場環境が多少悪くても呑み込んでしまう人が多いのかなと思います。

【2】海外の安い労働力で代替できるから

2つ目が海外の熱狂的な日本アニメファンの存在です。安くても、お金を払ってでも、日本のアニメ制作に関わりたいという海外のクリエイターは少なくありません。映画のテロップにも中国人やベトナム人の名前が増えてきているかと思います。

労働条件に不満があるなら、その人を解雇してもっとスキルが高い海外のクリエイターを採用するという選択肢を会社側は持っているということです。この歪みが、労働者側の交渉力を弱めているものと思われます。

【3】仕事の報酬が仕事だから

最後に、仕事の報酬が仕事という側面が強いことがあります。

STUDIO4℃代表の田中栄子さんも、「魔女の宅急便」などのジブリアニメを作った実績をもとに会社を創り活躍されています。「あの作品を手がけた」という実績で次の仕事をとりにいくところがあるため、待遇が不満でも好きな作品を完成させるインセンティブが通常のビジネスパーソンより何倍も高いのだろうと思います。

やすまさ的考察

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【1】労働者のリーガルリテラシー

よく「アメリカは訴訟大国」といいます。それと比べて日本にいると、身の回りで訴訟を経験した人がいることは稀です。
自分が同じ境遇だったとすると、泣き寝入りはせず会社と交渉はすると思いますが、「訴訟」というとハードルが高すぎて身が引けるなと感じてしまいます。向井蘭さんの見解のとおりで、労働組合や弁護士と相談して提訴までするのは相当な勇気が必要です。

また、僕自身もですが、いち労働者として労基法や自分が契約締結した労働契約についての理解、訴訟についてのリテラシーが低いことも問題だなと感じました。

【2】訴訟できない労働者のジレンマ

また、仮にリーガルリテラシーが高い人だとしても訴訟する面倒さを考えたらさっさと転職してしまうということも、訴訟件数や未払い残業代の支払いを請求する件数が実態よりも少ない大きな要因なのではないかと思いました。

訴訟には勇気がいる

会社を見限っていて転職する人は泣き寝入りして転職してしまうし、会社に残り続けたい人は下手に未払い残業代を請求すると会社でそのあと働きにくくなってしまいます。

よく労働紛争を起こさない秘訣は、「仕事を好きにさせる」か、「職場を好きにさせる」かのどちらかだといいます。特にプロ意識が高い人ほど、仕事が好きだからと違法な過重労働や未払い残業代を看過しがちです。
仕事にも、職場にも、心から誇りを持てるプロがもっと増えたらなと切に思います。

【3】民事訴訟しなくて済む仕組みを作れないか?

最後に、本件に限らず労働基準法違反での刑事罰は、企業からするとそこまで痛くない程度の罰金です。最も重たい罰則でも、「1年以上10年以下の懲役、または、20万円以上300万円以下の罰金」です。
「民事=私人間のトラブルとして、誰かが誰かを提訴する」のではなく、「刑事=犯罪行為を検察官が提訴する」ことがより強力な負のインセンティブとして働いたり、あるいはより流動性高く軽めの刑事罰が課せる仕組みがあるとよいのではないかと思いました。

参考文献

Podcast「社長は労働法をこう使え!#263
19880314 基発第150号 労働基準法関係解釈例規について
STUDIO4°C
弁護士ドットコムニュース編集部「アニメ制作会社の「未払い残業代」、突然の振り込みで「裁判終了」へ…原告男性、裁量労働制めぐる判決とれず「複雑な気持ち」(弁護士ドットコム) - Yahoo!ニュース」
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