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別に統一感がなくても気にしなくなる境地

昔は無印みたいな無地で統一的な部屋の空間を維持したかったが、
今になると、別に商業チックなティッシュとかペットボトルとか、そういうのがバラバラと部屋にあっても気にならなくなった。

と、千葉雅也さんが言っていた。

さすがの言語化力だと関心したが、私もまさにそうだ。

昔は、無地で統一しようとしたり、なんか色とか世界観に統一感がなかったら落ち着かなかったが、今は別にどうでもいい。
何かしらの理由でそれを買ったりして、そこにあるのだから、そのありのままを出しておけば良い。

世界と調和するには、そういうマインドがないとだめだという諦めなのかもしれない。

全部をコントロールしようなどと思わないし、いちいち気にしないで出てきたものが自分らしさである。

家を一歩でれば、自分が制御できないことでいっぱい。

家を堺に白黒はっきりしていてはだめなので、

全部、原理的にはカオスであり複雑系だということを改めて理解しよう。

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