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経済システムの偶然性とベーシックインカム

ベーシックインカム(BI)について研究していたところ、佐々木隆治さんの「ベーシックインカムと資本主義システム」という論考を読んだ。

一般的にベーシックインカムへのに対する批判(というか懸念点)は、財源をどうするか?とか、働かなくなるのでは?といった実務的なことが多いが、本論考の指摘は、かなり思想的、抽象的なものである。

資本主義という特異なシステムによりBIは所得保障にはならない

本論考によると、資本主義という経済システムが人類史上きわめて特異な生産システムであり、それ自体が強力な権力作用を持っている、という。
それゆえ、BIを単なる貨幣の再配分、あるいはそれによる普遍的な所得保障にはならない、と注意を促している。

使用価値と価値、商品

私的生産者たちが社会的分業を行い、交換をする場合には、必ず値踏みをして交換する。この値踏み交渉するとき、私的生産者たちはモノに対して、そのモノがもつ有用な性格(使用価値)とは区別される、独自の社会的な力を認めている。マルクスは、この交換力を「価値」と呼んだ。

市場の独自性と物象化

「市場」とは、この「価値」を持つに至ったモノ、すなわち「商品」が交換される場のこと。こうした市場は決して自然の制度ではなく、ある特殊な社会関係に基づく特殊なシステム。

人間たちからモノの関係が自立化し、むしろこの自立化したモノの関係が人間たちの生産活動や生活を制御するという転倒的な権力構造が生まれた。この人間の経済活動がモノの関係によって規定され制御されるという転倒した事態を「物象化」という。

貨幣の権力性

商品がもつ交換力(価値)は、その商品自身によっては表現することができず、他の商品との関係によってしか表現できない。

資本主義で経済システムが偶然性を持つようになる

近代以前の経済システムでは何らかの計画を社会的に決定したり、伝統や慣習に従ったりして社会的分業を行っていたから、人々がモノの関係に振り回されるということはなかった。また、災害や気候などによる偶然性はあったが、経済システムそのものの中には偶然性はほとんどなかった。

一方、資本主義社会では、このモノの関係は偶然的に成立するので、人々は貨幣を手に入れなければ生きていけない。自分の商品が売れないことは十分ありえる。経済システムに偶然性がある。それゆえ、市場という経済システムにおいては人々の生存は根源的には保障されない。医療費など、人間が生きていくなかでいろいろな物資やサービスを必要としたとき、市場の内部だけで対処するには限界がある。

共同性の解体

さらに、市場や貨幣がもつ権力性は人間たちの共同性を解体する方向に作用し、彼らの人格性や社会的結びつきのあり方を根本的に変えてしまう。子育てや介護など。

感想

ということで、本論考では、「資本主義という特異なシステムによりBIは所得保障にはならない」ということが述べられたおり、その理由は、資本主義の経済システムが偶然性を含み、共同体を解体させるからだ、ということになる。

平たくいえば、資本主義社会では、お金を稼がないと生きていけないが、お金を稼げないことが頻繁に起こりうるし、お金がない場合に頼れる仲間や家族の絆も弱くなる傾向がある、ということ。

だから、そのために、人間の生存を保障するにあたり最も重要なことは、人間が生きるのに最低限必要な基礎的な社会的サービス(医療、住宅、教育など)を市場の論理から切り離すことが必要になる、ということになる。北欧などは一定程度成功しているようだ。

これを読んで一番勉強になったのは、資本主義が偶然性を含む経済システムであるという見方だ。

こういう発想はなかった。もちろん、誰かが起業したりして、商品を売ろうとして売れないという事実はわかるが、それを経済システムの問題として意識したことがなかった。いわゆる「命がけの飛躍」である。経済問題である、失業率とか、就職率とかも大元はこの作ったが売れないというようなことが問題になる。たしかに、計画経済であれば、作ったら売れるから、売れないという心配をしなくてもいい。

また、医療や住宅、教育など自分の社会での生存に大きな影響を与えるものを市場から購入しなくてはいけないとなると、お金が必要なり、そのお金を稼ぐためには偶然性が伴う。

仮にBIであっても、その金額次第では、保障はされない。本論考では、「年間2000万円もあればいいだろうが、そんな財源はない」のようなことを書いているが、それは金額の問題ではないのではないか?というのも、2000万円なら、インフレが起きるだろうし、様々な消費行動が活発化し、モノの関係、つまり価格が相対的に大きく変わってくるから、社会が混乱すると思われる。

また、基礎的な社会的サービス(医療、住宅、教育など)を市場の論理から切りはなすことで、北欧がある種の成功例のように言われるが、それも程度の問題がある。こうした社会的サービスを国家が現物給付するのであれば、その財源は税であり、お金となる。北欧の経済がうまく回っていないとこの税金を確保できない。つまり、資本主義の偶然性に同じように晒されている。

本論考での指摘はごもっともであるが、ここで言われている指摘が解決するには、完全な計画経済に移り、偶然性を排除するしかないが、それは不可能だろう。

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