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ギザギザハートの陸上部 Ⅰ [プロローグ]

かつて田舎の工業高校卒業生は「金の卵」と言われていた。

しかし、僕らはバブル崩壊後の入学で、これから深刻な就職氷河期が始まろうとしていた。進学する生徒が就職する者を上回ったのも自分達の代からである。

もちろん自分は就職組に入っていた。高校2年になると、大体めぼしい会社が決まっており、授業はろくに受けなくてよかった。

ただ部活だけは真剣に取り組んだ。陸上競技の名門校でその全員が長距離走であった。

「レギュラー入りして都大路を走る」

この目標を掲げ青年時代を熾烈な競走に明け暮れていた。

一方、退屈な授業は朝練の疲れを癒すための睡眠時間だと思っており、クラスメイトも授業中に漫画を読んだり雑談したり、それで特に怒られることはなかった。


ある日の午後、ほとんどの生徒が机にうつ伏せて眠っており、静まり返った教室で、副校長先生が英語を教えていた。すると小さな声で

「チョ、チョットやめてくれ」

と言ったり、何やらせわしなく黒板の前を行ったり来たりしている。いつもの教室の風景に副校長のハゲた頭だけが眩しく光っていた。僕は、

「何か変だな」

と感じて、よーく見ると窓際に座っている和彦が差し込む光を手鏡で反射させ、先生の頭を狙って照らし続けていた。

恐らくだが、先生はそれに気づいている、しかし注意することなく、何故かその光から逃げまわっていた。

さっきも述べたが、ほとんどの生徒は寝ている。もしくは漫画に集中していて、僕だけがこの不思議な光景を見ていた。しかし、

「和彦やめたれよ」

とは言わない。これが日常であった。


またある日は、♪キーンコーンカーンコーンとチャイムがなり

「では、始めます」

と数学の授業が始まった。この校舎の隣には中学校があり、開始から5分程して♪ピンポンパンポン、ピンポンパンポンとなった。

すると雅之はいきなり立ち上がって、

「おい、チャイム鳴ったぞ!」

と大声で言う。黒板に数式を書いていた先生はその手を止め、

「は、はい、では、、終わります、、、」

と始まったばかりの授業を終わらせてしまったのだ。

その先生は黒板を消し、うなだれて職員室に帰るという一連のパターンが恒例のようにあった。

こんな高校時代のせつなく哀しい思い出を少しずつだが綴っていこうと思う。

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