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田畑智久評 ウィリアム・アトキンズ『帝国の追放者たち――三つの流刑地をゆく』(山田文訳、柏書房)

評者◆田畑智久
多くの人生が邂逅するところ――帝国主義に翻弄される人々を描く
帝国の追放者たち――三つの流刑地をゆく
ウィリアム・アトキンズ 著、山田文 訳
柏書房
No.3610 ・ 2023年10月14日

■フランスの政治活動家、ズールー王国の王、ウクライナの民族学者。紀行作家ウィリアム・アトキンズは、一見何の接点も持たない三人の人生を辿り、一冊の作品に仕上げた。三人の共通点は何か。それは近代帝国主義の時代に政治的理由で流刑に処されたという点だ。
 本書は三部構成になっており、第一部ではそれぞれが流刑にされるまでの経緯が文献調査から明かされる。フランス人のルイーズ・ミシェルは、社会主義政府パリ・コミューンの活動が原因でフランス政府に裁判にかけられ、南太平洋のニューカレドニアへ流刑に処された。アフリカ南部に位置したズールー王国の王であるディヌズールー・カ・チェツワヨは、帝国主義政策を推進するイギリスに反乱・暴動・殺人の罪で問われ、南大西洋のセントヘレナへ流刑される。ウクライナの革命家だったユダヤ人のレフ・シュテルンベルクは、ロシア帝国時代の反体制派組織である「人民の意志」のメンバーとして活動したためロシア帝国に逮捕され、シベリアのサハリンへ流刑を言い渡された。いずれの追放者も、帝国側の持ち出した不条理な理由で逮捕され、馴染みの故郷から長期間にわたり引き離されることになった。
 膨大な文献調査に加えて、著者は三人の流刑先へ現地調査に赴く。第二部にはその様子が克明に書かれており、本作が単なる伝記ではなく紀行文学と評される所以となっている。流刑先で著者は多くの現地在住者と積極的に交流し、流刑者が暮らした場所へ実際に足を運ぶ。とりわけ自然についての描写が印象的で、ミシェルが故郷のヴロンクールの森と重ね合わせて慰めとしたニューカレドニアの森や、シュテルンベルクが心のやすらぎを得たであろうタイガが、著者の五感を通じて記される。文献に残された過去の記述と、現代を生きる著者のフィールドワークの記録が相まって、読者は過去と現在を絶えず往還しながら流刑に処された三人について想像を巡らすことになる。
 第二部の特徴として、取材当時の著者の置かれた境遇が、流刑者の体験した状況と重なり合うことが挙げられる。ニューカレドニアを訪れる際に、著者は自身の父の体調が芳しくないことが気がかりで、故郷を離れて調査に出向くことを躊躇する。これは、故郷の母を慮るミシェルや、両親との別れを惜しむシュテルンベルクの心境を思わせる。また、著者は現地で原因不明の体の不調に悩まされる。この様子はセントヘレナで体調を崩したディヌズールーの娘たちも同様だ。現地調査における著者自身の心理的・身体的な異常が、流刑者たちの体験と重なることで、彼らの痛みはより実感を伴って読者へ伝わる。
 第三部では、流刑を終えた三者が書かれる。ミシェルはアナキストとなり、講演や執筆活動に明け暮れる日々を送った。ディヌズールーはイギリスの統治下に置かれたズールーランドへ「政府の首長」として帰還するものの、白人に土地を奪われ、かつての王国の崩壊を目の当たりにした。シュテルンベルクは博物館、研究所、大学に勤務し、民族学者の先駆者として研究を続けた。
 帝国主義における流刑制度は、このように人々の生活を大きく変化させた。著者はプロローグで「関心があったのは、人生の歩みよりも、流刑の経験によってその人生にできた亀裂をたどることである」と述べている。第一部に描かれていた三人の人生は、流刑を端緒とする大きな亀裂のごとく第二部や第三部で様変わりしてしまった。それでもその現実を受け入れて三人は生きてゆく。
 流刑者たちの歩んだ個別の人生は、文字通り三者三様である。しかし、三人の一人ひとりの経験は、一様に近代帝国主義の批判されるべき側面を露呈させる。近代国家による組織的な流刑制度によって、帝国は「有害分子」を辺境へと追放し、「浄化」することができた。たとえばイギリスは帝国の拡張に不都合な要素であるディヌズールーを彼方へ追放し、洋服、英語、ピアノといった西洋文化を半ば強制的に身に着けさせることで文化的な教化に成功した。
 加えて本書は植民地在住者に対する実害も明らかにする。帝国は、先住民をヨーロッパ文明の価値観に基づき「教化」するという大義名分のもと、先住民の生活を破壊した。ニューカレドニアで先住民のカナックが保留地や国外に追放され、土壌を破壊されたことがミシェルにまつわる記述から窺い知ることができる。
 近代帝国主義の残滓は現在もなおはびこっている。ニューカレドニアでは、白人入植者が先住民カナックを野蛮なものとして蔑視する場面が何度も見られ、両者の間に見られる軋轢の根深さを本書は的確に指摘する。
 かつての流刑地は、今もなお異文化が衝突しあうコンタクトゾーンである。糾弾されるべき帝国主義に翻弄された人々が、それでも懸命に生きてゆく様子を丹念に描いた好書だ。
(埼玉県立浦和高等学校 英語科教諭)

「図書新聞」No.3610・ 2023年10月14日(土)に掲載。http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/index.php
「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。

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