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御年93歳ギリヤーク尼ヶ崎さんの踊り

 2023年10月9日、新宿三井ビルディング。鑑賞するには少し辛いくらいに降りしきる小雨の中、青空公演が行われました。

 ギリヤークさんは以前より体調が優れないそうで、公演中も黒子が多く付き添っていました。黒子が立ち上がらせ、黒子が車椅子を押して疾走し、黒子が着替えさせます。ほとんど身体が動かないように見えましたが、手は良く動いていましたし、立ち続けようという意思は明らかに強く、それは進行のために黒子が誘導して座らせるほどでした。

 また、踊りながらちょっとずつぐいぐいと前に行く様は、最前列の報道カメラにとっては近すぎて撮れなかったでしょうが、逆にそれが誰かに踊らされているのではなく自分の意思で踊っていることの証拠に思います。

 始めのころの様子で、あまり動かないであろうと予想したし、それは他の報道カメラマンも一緒でしょう。ところが、突如螺旋階段下に移動するや、あっという間に駆け上がって行く様子に「マジか」と口に出しながら追いかけてなんとか撮影したのが下の写真です。他のカメラマンが全然撮れていないことを見ても、本当に突然に起こったとしか言いようが無い出来事でした。

 明らかに93歳の老人の力だけでは起こりえない、踊る事によって世界の理と一緒になったからこそ可能な動きだと感じました。

 それまで、弦の無い三味線を弾く真似が踊りなのか、車椅子で押されていることが踊りなのか、と自問自答しながら見てましたが、階段を駆け上る様をみて、分かりました。これはポーズでもステップでもなく「在る」という踊りであり、ギリヤーク尼ヶ崎さんは「在る」ことが出来た真の大道芸人の最後の一人なのでしょう。

 身体が動かなくても踊りだし、逆に身体が動いたとしても「在る」が無ければ、それは空虚な張り子でしかない。これは決して動かない身体の擁護ではなく、ギリヤークさんが人知を超えるほど滑らかに動いたから分かったことでもあります。「在る」ということの強さと、普段の私達の存在の薄さを初めて認識しました。

 幸い、カメラマンとしてこの「在る」を伝えられる写真が撮れたと思いますので、見てください。

 階段を駆け上ったあと身体がより動くようになったのか、「寒いねぇ」と言いながらバケツの水を被っていたのを見て、人としての活力が戻っているのを感じました。その踊りは、凄く楽しそうに見えました。

 この方を多くの人が支えたくなるのは良く分かります。黒子の方は前説で、新宿三井ビルディングのオーナーが代わりなぜここで踊る必要があるのかプレゼンするのが難しかったと言ってました。確かに、言葉で伝えづらい、古くからある根源にこそ理由があるように思います。ここで在り続けたから、ここで踊る意味がある。

 その「在る」が撮れたこと、カメラマンとして心から嬉しいです。色々と厳しい中で公演をしていただいて、本当に有り難うございました。

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