見出し画像

楽譜のお勉強【90】ブルーノ・マントヴァーニ『過ぎ去りし夢の』

ブルーノ・マントヴァーニ(Bruno Mantovani, b.1974)は現代フランスを代表する作曲家です。2010年から2019年には世界的音楽家を毎年輩出する超名門音楽学校であるパリ国立高等音楽院舞踊学校のディレクターを務めました。彼は現代音楽のさまざまな技法を駆使して作曲しますが、協和音を多用したり、ジャズのような響きとテクスチャーを用いたりしながら、耳あたりの良い音楽を多く発表しているので、世界中にファンも多いです。

本日はマントヴァーニの室内楽作品の中から、六重奏曲『過ぎ去りし夢の』(«D’un rêve parti» pour six instruments, 2000)を読みます。この作品はアンサンブル・アルテルナンスのために作曲され、ピアノのための『ジャズ・コノテーション』、アンサンブルのための『中断されたダンス』と共に、『アルテルナンスのための組曲』を構成する最後の曲でもあります。しばしば演奏される曲で、YouTubeではいくつかの演奏動画が上がっていますが、今回はアンサンブル・リネアの演奏をご紹介します。

6つの楽器の編成は、フルート(ピッコロ、アルト・フルート持ち替え)、クラリネット(Esクラリネット、バス・クラリネット持ち替え)、ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロです。現代の室内楽では非常によく見られる編成で、シェーンベルクの『月に憑かれたピエロ』の編成から声を除き、ヴィオラを加えた編成です。ヴィオラの代わりに打楽器が入っている編成などもとてもよく見かけます。室内楽編成ですが、管と弦の響きのバランスがよく、管弦楽的な鳴り方を目指すことが出来ることも編成の人気の理由でしょう。演奏時間は12〜13分ほどです。

曲の冒頭はアルト・フルートとヴァイオリンのピツィカートによる同音による二重奏。フルートのロングトーンのトリルを非常に細かく分割し、大胆なクレッシェンドとデクレシェンドを繰り返します。すぐさまEs管のクラリネットが入ってきてやはり同じ音(B)でフルートのトリルを引き継ぎます。こちらも伸ばされた音が細かく内部分割され、過激な強弱交替を伴います。フルートとクラリネットがそれぞれ下行アルペジオと上行アルペジオを呼応させてトリルのロングトーンの音がC#に上行します。ヴァイオリンの音も動き始め、G#減三和音の自由なアルペジオになります。同じ音構成でヴィオラもピツィカートで参入します。リズム点がヴァイオリンとランダム感を演出するようにずらされており、即興的な性格を聴かせます。クラリネットのC#-D#トリルを引き継ぐフルートは、Bb-Eのトレモロで、冒頭のBよりも半音低く、最後にクラリネットが示したD#よりも半音高い音になります。音域が徐々に広げられていっていることが分かります。

少しずつ音や楽器を増やしながら、同様のテクスチャー(ランダム・リズムのような短音群、素早い上行及び下行アルペジオ、激しい強弱交替を伴うロングトーンのトリルやトレモロ)がより複雑に組み合わされていき、それぞれの音楽素材も楽器群ごとの固定振り分けではなく、役割の交替を伴いながら展開し、複雑な層を織りなしていきます。

フルートとクラリネットによる微分音加工半音階による推移部を越えると、ピアノの平行和音による旋律が現れます。平行和音の扱いは全音階的で旋法的、ドビュッシーさえ彷彿とさせる古き良きフランス音楽の響きがします。和音が同時に動いていますが、これは旋律的で、コラール的ではありません。テンポ感がコラールよりもずいぶんと速いですし、厳格に平行で動いているため、色彩的機能が強く、機能調性的な音の役割の違いは薄めです。平行和音旋律を分断して弦によるコル・レーニョのパチパチいうノイズが入ってくるところはセンスを感じます。全楽器でピアノの音をなぞって、平行和音旋律の色彩を強調したりもします。

続く43小節からのセクションでは、最初のセクションのトリル音型やリズム・ワークがより細かく分断的な状態で散らされ、ピアノは平行和音旋律と同様、もしくは近いリズムで旋律を奏し続けますが、和音の扱いは変更されます。ここでは和音は平行移動するものではなく、広がったり縮んたりして、旋律の抑揚を大きく上下に揺らし、上声と下声があるような輪郭を作りながら、なおかつ平行和音旋律のように、機能よりも響きが揺蕩うような独特の鳴り方を作り出しています。

61小節目からはテンポがゆっくりになり、ヴィオラが三連符4つ分、フルートが16分音符3つ分、ピアノが8拍ごとに八分音符2つ鳴らして周期を示すなど、パルス周期の組み合わせの音楽になっていきます。クラリネットだけが自由にアルペジオや微分半音階など、前出のメロディー要素を独奏者のように演奏していきます。パルスの周期が途切れる際にクラリネットが一人残って、四分音符の三連符パルスを裸で刻んだりして、響きの層の交替のコントラストがかなり強いです。パルスの刻みが途切れる時は、文字通り「途切れる」感じで処理されていることがしばしば見られます。つまり、四分音符の三連符をパルスで刻むならば、2拍ずつにしておけば、最後のパルスまできっちり演奏できますが、あえて奇数拍子にして最後のパルスを中途半端なタイミングで切って次のセクションに移っていったりしています。独特の割り切れなさは聴取に繊細な驚きと発見をもたらし、聞いていてワクワクする要因の一つになっています。

85小節からはピアノが低音で内部の弦をミュートしながら響きを変えて、主に16ビートを刻みます。時々32分音符2つと32分休符一つというパターンや、五連符の16分音符などを挟んで、刻みのメカニズムを壊して、遊びを持たせています。このセクションが終わる頃に、弦楽三重奏のコラールが始まりますが、非常に長い時間、同じ和音を続け、ゆっくりと和音を推移させます。しかし、冒頭の管楽器のように内部分割による過激な強弱交替を伴っており、和音の軸音が常に移ろっているような印象を作り出しています。

120小節くらいから、非常に複雑なコロトミー構造が始まります。コロトミー構造とは、インドネシアのガムランやケチャに見られるような、特定の楽器が決められた周期で音を鳴らすことによって立体的なリズム構造を作り出す音楽のあり方のことです。32分音符を基本として各楽器に細かく割り振られた周期は、とても表情豊かなものです。曲はこの後、少しずつ新しい音楽の表情を見せるアーティキュレーションを取り入れながらも、基本的にはコロトミーの実験に終始します。曲の最後の方では、周期自体を変更せず、テンポを大胆に突然変更させていくことで、時間がたわんでいくような不思議な効果を実現しています。演奏にはテンポ変更への合意をとても丁寧に練習する必要があるでしょう。

フランスの多くの現代音楽に見られる特徴として、演奏家の極度の名技性に依存していることがあると感じています。マントヴァーニのこの曲も、驚くほど難しいことをさらりとこなす現代のヴィルトゥオーゾたちがいてこそ、成り立つ音楽です。そしてそこで聴かれる時間の伸縮の魔法は、演奏家を魅了し、どれだけ難しくてもこの音楽に挑戦する演奏家は絶えないのだと思います。まさに「夢」のような音楽だと感じました。

*「楽譜のお勉強」シリーズ記事では、著作権保護期間中の作品の楽譜の画像を載せていません。ご了承ください。



作曲活動、執筆活動のサポートをしていただけると励みになります。よろしくお願いいたします。