未発表曲について①『擦れ違いの応酬』

作曲の勉強を始めた頃、周りに作曲をしている人や現代の新しい音楽を頻繁に演奏している人がいませんでした。これは普通によくあることだと思います。ですから、10代の若い頃に書いた作品はほとんど未発表ですし、今後発表の予定もありません。しかし大学に入って仲間が出来てから書いた曲でも、いろいろな理由で発表が実現していない曲というのがいくつもあります。コンクール提出用に作曲して入選を逃した作品や、音楽的興味を掘り下げるために実現の機会を意識せずに取りあえず作曲してみた作品等、様々な原因が考えられるのですが、作曲をしている人間からするとまあこれもよくあることなのです。その後なんとか自主企画等で作品を発表しようと思っても、編成が特殊だったり作品が長かったりすると、費用がかかりすぎたりして断念してしまうことも多いです。私の場合は、作曲家としてのキャリアが始まった頃、依頼を受けて作曲する機会もまだまだ少なく、学生時代から引き続いてコンクール等を並行して受け続けていました。多くの作品はその後改訂を加えたりしながら発表に漕ぎ着けているのですが、いくつかの作品はまだ眠っています。そんな作品を少しご紹介する記事シリーズを始めようと思います。未発表作品の譜例等がふんだんに出てきますので、記事の後半部分をお読みいただくには、記事のご購入をお願いしたいと思います。

2011年からシリーズ化して作曲を続けているアイデアに、テンポの軸をずらした楽器たちがズレたり出会ったりする音楽で、タイトルに»Miscommunication«と付けているものがあります。現在までに3作品を発表しており、『すれちがう二人』(2011、ヴァイオリンとピアノ、»A Case of Miscommunication«)、『なおもすれちがう二人』(2013、ヴァイオリン、ファゴットと電子音、»Another Case of Miscommunication«)、『擦れ違いから断絶』(2018、18奏者によるアンサンブル、»Miscommunication to Excommunication«)の三つです。『擦れ違いから断絶』は幸運にも2019年に芥川也寸志サントリー作曲賞という賞をいただいた作品となり、一般的な周知度が高い作品になったため、私の現在までの代表作の一つと言えると思います。2011年と2013年の作品についても、初演後も再演していただいたりしましたし、私の作曲の方法を説明するのに適した作品でもあるので色々なワークショップイベントでスケッチを用いながら分析したりして何度も人前に晒しているので、普段私の音楽に関心を寄せてくださっている方々には知られた曲となっています。

しかし»Miscommunication«のシリーズには実はもう一作、発表されていない作品が存在します。タイトルは『擦れ違いの応酬』(»Some Other Cases of Miscommunication«)。弦楽四重奏のために2014年から2015年にかけて作曲した、演奏時間18分ほどの作品です。ある作曲コンクールのために用意していたのですが、募集要項をしっかり読んでいなかったため、締め切りに間に合わず応募を断念しました。要項にはパート譜と合わせて提出と書いてあったのを読み逃がしていたのです。後に示す譜例を見るとお分かりいただける方もいらっしゃると思いますが、この作品では常にアンサンブル内の誰かが他の人たちと違うテンポを演奏しているため、演奏出来るように指示を出してあるパート譜を用意するのは結構時間のかかる作業なのです。そんな理由で応募を諦めた作品でした。別に提出できていても演奏していただけるとは限らないのですけどね。演奏時間も長めですし、演奏の難易度は私の作品中でも最高難度の方だと思います(最近はあまり演奏が難しい曲を書くのを避けているところもあります)。そんな訳で、弦楽四重奏をしている幾人かの友人にも作品を見ていただきましたが、現在までのところ実演の予定は立っていません。テンポがズレているという様子を少し、譜例でご紹介します。

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