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天国の響き、2台のハープ 〜『アルトリ・テンピ』について

2021年は私が日本に完全帰国して日本で丸一年を過ごした最初の年でした。ドイツに住んでいた頃は陸地続きの近隣国で開かれるコンサートを聴きに行ったり、単純に遊びに行ったり、たまには自分の仕事もあったりしたので、外国に行かないという一年が本当に久しぶりでした。具体的な仕事も決めずに帰国してしまったので、どうなることかとドキドキしていましたが、私が日本に居を移したことで、一緒に仕事がしやすいと考えて打診してくださった演奏家、演奏会企画者の方々がいくらかいらっしゃいました。そんなわけでとても充実した一年を過ごしました。いずれのイベントもそれぞれに感慨深く、良い経験でしたが、特に12月末に発表した2台のハープのための『アルトリ・テンピ』(»Altri tempi« for two harps, 2021)の初演は夢が一つ叶った出来事でした。

以前別の記事で書きましたが、私がケルンに住んでいた頃、20世紀作曲界の巨匠カールハインツ・シュトックハウゼンの長大な連作『クラング』(»Klang«、2004-2007)の全曲初演を聴いた時にその第2曲『喜び』(»Freude«, 2005)はまるで天国の響きかと思うほど音楽が美しく、また作品の演出も美しかったので強く心に残っていました。この作品は2台のアンプリファイされたハープのために書かれていて、演出の中には二人の奏者がハープを傾けて近づけ、ハートの形を作ったりするものもありました。演奏時間もこの一曲だけで40分ほどもある長大なものなのですが、一瞬たりとも飽くことのない推敲に推敲を重ねた美の瞬間の連続でした。この作品を聞いて以来、2台のハープのための作品をいつか書きたいと願い続けていたのです。しかし、ハープ奏者同士のコミュニティでもない限り、ハープを複数用いる曲を依頼されることは考えにくいですし、自分で企画して書くにしても演奏家の知り合いに限りがあります。なので、自主企画で発表するにしてももう少し地道に日本での活動の足場を作ってからと思っていました。

(『クラング』について書いた以前の記事のリンク)

しかし、日本に着いて程なく、関西を拠点に姉妹でハープ・デュオの活動を続けていらっしゃる松村多嘉代さん、衣里さんから2台のハープのための作品を注文されました。多嘉代さんに初めてお会いしたのは2017年の武生国際音楽祭で、その後衣里さんとも多嘉代さんが東京で演奏会を開催された際に知り合いました。その際にシュトックハウゼンのデュオをぜひ日本でも紹介してほしいと熱弁してしまったのですが、どうやらその時に語った2台ハープへの私の思い入れがお二人の記憶に残っていたようです。好きなことや好きなものの話はするものですね。

喜び勇んで作曲を始めましたが、ハープの曲をいくつか書いてきたとは言え、私はハープ奏者ではありません。その複雑な機構にいつも頭を悩ませます。楽器を活かした曲を演奏家はほしいのだと思います。ただ、楽器の書法の勉強を長年していると、楽器をその楽器らしく活かしたり、奏者にとって親切な曲を書くことはあまり作曲の目的に設定できなくなってきました。私はハープに愛情はあるけれども、ハープで演奏するのは結構厳しいというような音楽も、レパートリーとしては意味があるのではないか、と考えるのです。この辺りの塩梅はとても難しくて、その楽器ではどう足掻いても弾けないようなことを書いて、それを演奏家が変な努力でなんとかしようとしている作品を見ると、個人的には「演奏家が報われないのでは」と感じてしまったり、もっとひどい時には「バカみたい」と感じてしまうこともあるので、楽器が生きないことが良い訳ではないのです。もちろん色々な美学に支えられた作品が生み出される環境が望ましいですから、作曲家は好きなように書けばいいのだとも思いますが。

私が以前書いた他の記事で、私の作曲における抽象的思考を説明したことがあります。ちょうどその曲でハープを使っているのですが、今回の『アルトリ・テンピ』でも同じような手順で作曲した楽章が多いです。一言で言うと、音の詳細を決めずにリズムや何となくの音の高低、密度などを細かく作り込んで、何とかそれをいずれかの楽器で実現する、というような手順です。何とか楽器で実現しようとする際に楽器への愛着や執着が発揮されます。その楽器が美しく鳴るように工夫して書きます。そのバランスのあり方こそが、演奏家ではない作曲家としての私の個性なのかもしれないと思うことがあります。

(ハープを用いた作品『カノン』に関する記事のリンク)

今回の記事では作曲の詳細には踏み込みませんが、少しだけ譜例を示しておきます。デュオ・ファルファーレのお二人は本当に素晴らしい演奏をしてくださいました。また、演奏会は大阪で行われたのですが、私にとって実は人生で初めての大阪滞在でした。元気があって、人は優しくて明るくて、本当に街を好きになりました。またすぐにでも行きたいです。私の大好きな楽器が一年の終わりに素晴らしい時間を与えてくれました。次の年も頑張ろうと思える出来事が年末にあるのは嬉しいことですね。

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(©︎2021 Edition Gravis Verlag GmbH, 出版準備中、以下全て同様)

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