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楽譜のお勉強【89】カルロ・テッサリーニ『コントラスト・アルモニコ』より「イントロドゥツィオーネ」

カルロ・テッサリーニ(Carlo Tessarini, 1690-1766)はバロックの終焉期に活躍したヴァイオリニスト、作曲家です。出版された作品には当時の慣例に倣って作品番号が付けられており、その数は20に上ります(実際には出版地で作品番号を勝手に付けられるため、作品1や2など、複数の曲集が存在しているものがあるので、数はさらに増えます)。作品番号でまとめられた曲集には多くの場合それぞれ6曲ずつ曲が収められており、時には12曲を数えることもあります。その音楽のほとんどはヴァイオリンのためのソナタやコンチェルトです。本日はテッサリーニの作品から、『コントラスト・アルモニコ 作品10』(«Contrasto Armonico» Opera Decima, 1753年出版)の序奏(Introducione)を読みたいと思います。

『コントラスト・アルモニコ』は「ハーモニーのコントラスト」というほどの意味で、和音の響きの対比を狙った音楽のように聞こえます。全体の構成は序曲として機能する「イントロドゥツィオーネ」と3曲のコントラストから成っています。しかし、「コントラスト」と題された3曲はいずれもコンチェルトの様式で書かれているので、タイトルの「コントラスト」はコンチェルトが持つ対比的性格のことを指して、洒落で付けたタイトルのように思えます。正式なタイトルはもう少し長くて、『3つのヴァイオリンと補強されたバスによるコントラスト・アルモニコ』(Contrasto armonico a tre violini e basso con sui rinforzi)と言います。

古楽の楽譜は一般に出回っていないことが多いです。実はこの『コントラスト・アルモニコ』も現代の奏者が演奏に使用しやすいように編集された楽譜は長年ありませんでした。2020年に主に古楽を出版する出版社ダ・ヴィンチ・パブリッシングによって出版されたばかりです。そして私が持っている楽譜はこれではなく、ジョンソン・リプリント・コーポレーションという会社が昔発売していた、古い初版楽譜のリプリント・ファクシミリ楽譜です。「Masters of the Violin」というシリーズで、テッサリーニの他に、ヴァルター、モンドンヴィル、コレットなどの手に入りにくいヴァイオリン音楽の楽譜をまとめて出していました。作りも豪華で、合皮製の上製スリップケースに金箔のタイトル文字があしらわれ、ケースの中にはいくつもの曲集やパート譜が読みやすく手に馴染みやすい上質な紙に印刷された楽譜がセットで入っています。テッサリーニの楽譜はシリーズの第4集で、『師匠と弟子 〜2つのヴァイオリンのための6つのディヴェルティメンティ・ダ・カメラ 作品2』(«Il Maestro e Discepolo» 6 Divertimenti da camera a due violini, opera seconda, 1734)、『音楽の文法 作品1』(«Gramatica di Musica» Insegna il modo facile, e breue per bene imparare di sonare il Violino sù la parte, opera prima, 1741)、『独奏ヴァイオリンとチェロによる室内楽の魅力』(«Allettamenti da camera» à violino solo, e violoncello, 1740)、『2つのヴァイオリンのための6つの二重奏曲あるいはバスを伴わないパルデッスス・ド・ヴィオール 作品15』(«Sei Duetti a Due Violini ò Due pardessus de Viole cenza basso», opera XV, 1750)が、『コントラスト・アルモニコ』とセットになっている、大変豪華な楽譜です。

当時の出版楽譜からの複製であるため、現代の視点からの校訂がされている楽譜ではありませんが、それなりに厚い解説ブックレットが付いています。二重奏などの小さい編成の楽譜は昔の出版楽譜でもスコア・フォーマットのものもありますが、コンチェルトなどの曲では極めて稀です。基本的には別々に印刷されたパート譜のセットがあるだけです。『コントラスト・アルモニコ』もパート譜のみになります。パート譜だけでは曲の全体像を把握するのに不便ですので、今回はパート譜から書き起こしたスコアも掲載します。

他の作曲家の作品のパート譜を作ったり、パート譜しかない楽譜からスコアを書き起こしたりするのは、ものすごく勉強になります。曲の作り方を追体験できるような経験ができることもあります。作曲家や出版楽譜の書き間違いも見つかったりします。実際にテッサリーニの『コントラスト・アルモニコ』の初版は間違いの多い楽譜でした。そして不明瞭なことも多く、書き起こしながら他のパートと見比べて何が正しいのかを判断しながら書きました。それでも全て正しく書き起こせた自信はありません。ダ・ヴィンチ社の楽譜と見比べたら違いも見つかるでしょう。

書き起こしている時に見つけた間違いの中で最も顕著だったのは、バス・パートの臨時記号です。他のパートでG#が鳴っている箇所で同じGが鳴っていることが多く、非和声音と考えるのも不自然なものばかりで、これは明らかにバスの音が間違っていました。書き起こし版では最大限直してあります。もう一つ大変だったのはスラーの始点と終点が非常に不明瞭に書かれていることです。また、同じパッセージをユニゾンで引く際に、他のパートではスラーが書かれていたりして、これは書き忘れの可能性と、実際に区別している可能性のどちらも考えられるパートがいくつかありました。ゼクエンツによる進行でのスラーの扱いも同様の不明瞭さが残りました。書きながらよく分からない箇所を考えることは、その音楽がどのような音楽か考えることに繋がっているので、曲の正しい姿を詳しく想像することになります。昔は時々パート譜からスコアの書き起こしを勉強として行っていましたが、今回はとても久しぶりだったので、なかなか楽しかったです。

楽曲はと言うと、独奏ヴァイオリンが突出して目立つ箇所がそれほど多くないことが面白かったです。最も技巧的なパッセージは独奏ヴァイオリンに出てきますが、それも奥ゆかしいものです。高声部を第2ヴァイオリンや、時に第3ヴァイオリンが自由に攫っていく様子は、対位法の立体的な遊び心を感じました。ゼクエンツの使用が目立ち、その中で露骨な連続進行と取れる箇所が出てきたりして、びっくりしました。フレージングが2の倍数でない箇所がいくつか出てきて、同じフレーズが同じ位置に当てはまらずに再現していく箇所が数箇所あり、バロック時代のフレージングの豊かさを確認できました。2の倍数でフレーズ調整をきっちりしていくような音楽はロマン派の時代のサロン音楽の普及とともに著しく増えたように思います。昔は、気楽な音楽でももう少し自由なフレージングを頻繁に発見できます。

あまり深読みしていくような音楽とは思いませんでしたが、楽譜の書き起こしはやはり勉強になることが多いと感じます。他にもいくつか古楽のファクシミリを持っているので、たまにはスコアを書いて勉強することもしていきたいと思いました。以下はスコアの書き起こしです。

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