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理屈っぽい作曲と感覚的な作曲 〜『カノン』について~

作曲を続けていると、過去の自分から自由になりたい瞬間があります。もっともっと素敵な曲を書きたいのに、日々のトレーニングの中で筆に染み付いた癖は、インスピレーションに乏しい惰性を自分自身に見せつけて来るので、よほどのナルシストでなければ耐えられない瞬間があるのです。あれほど情熱を持って続けてきたはずの音楽創作が倦怠感の中でまどろんでしまいます。こういった時に、自分の筆の癖と無縁(*)の音生成システムを作り出して、頭の体操をすることで普段の自分と味わいの異なる作品を書いてみることは、倦怠感を打開する契機になったりします。システムに隷属する作曲作業は実際には自動作曲に近いので、こればかりを続けると再び自分を見失ったりしますが、感性と論理のバランスを取りながら長く作曲を続けて行きたいものです。

私の場合、厳格なシステムを用いた作曲は割と小規模の曲で試して遊んでみるケースが多いです。中規模以上の曲になると、感性による仕上げがとても重要で、ロジックだけでは十分に魅力的と感じられないことが多いのです。私が自分の考えたシステムに最も厳密に従って作曲した作品にハープ、ピアノとチェロのための『カノン』(2014)という曲があります。私の作品にはリズムの操作が極めて重要な役割を担うものがたくさんあるのですが、その思考過程を強く示す作品なので、講習会イベント等で頻繁に分析をお話してきました。システムを構築する過程で、「お、これは曲になりそうだ」とはっきり気付くのには、いくらかのトライアウトが必要です。この曲はシンプルですが、一発で自分の中でゴー・サインが出た珍しい例なのです。思考を試す段階でいくらか手書きのスケッチを書いています。今回はそのスケッチと出来上がった作品の譜例を見比べる形で記事を書きたいと思います。今回の記事の最後には完成楽譜のほとんど全部を譜例として掲載しました。該当部分は記事を購入していただけるとお読みいただけます。

『カノン』作曲の経緯についてお話しします。2013年にスイスのベルンで活動する現代音楽アンサンブル、アンサンブル・プロトンから『カノン』とは別の作品の作曲依頼を受けました。その後、アンサンブル・プロトンは活動5周年を迎えるのですが、その折にアンサンブルがかつて一緒に仕事をしたことのある作曲家全員にアニバーサリーコンサートで演奏する短い記念曲を作曲してもらえないかという打診をしました。以前一緒にお仕事をしたときに、とても信頼のおける演奏への取り組み方をするアンサンブルだという印象を受け、もう一度作品を演奏していただけるのは幸いと、作曲を受諾しました。その記念曲が『カノン』です。演奏時間3分ほどの作品です。以下にコンサートの様子を見られるリンクを貼っておきました。私の作品は27分58秒から開始します。短い作品ばかりですが、集まった33曲もの曲を一晩のコンサートで初演するのは本当に大変だったと思います。普段は三重奏等の小さな編成でアンサンブル・プロトンは指揮を立てませんが、このコンサートでは指揮も付きました。

(アンサンブル・プロトンによる演奏会、私の作品は27分58秒から)

コンサートのタイトルが『Viel Glück!(幸運を!)』であることになぞらえて、贈呈曲はGlückの「G(ソ)の音から始まるものにすること」という難儀な縛りがありました。数十曲に上るであろう新曲の全てがソから始まるというのは、個性を出しにくくて気持ちが悪いです。同じように考えた作曲家も多いと思います。超高音のソを使ったりすごい低音のソから始めたりすることで、少しでも「ソ」感を削る作曲家が多そうだなと思ったので、敢えて真ん中のソ(G4)から始める曲にしようと思いました。実際にはそんな小さな引っかかりは杞憂で、個性溢れる作曲家たちが方向性の違う曲を提供していました。

似すぎていなくて、しかし充分に近似的な音色を出せる3つの楽器、ハープ、ピアノ、チェロ(ピッツィカート)をアンサンブルの中から選びました。3人の奏者による3声のカノン(同じ旋律を複数の声部が異なる時点から開始して演奏する音楽の様式)にして、リズム補完が複雑で味わい深い音型を考えようと思いました。3という数字にこだわり、3拍子の中で現実的に演奏が複雑になりすぎない程度の三連符をできるだけ盛り込むリズムユニットを書き出しました。

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(譜例: 書き出したリズムユニットのスケッチ)

1から16までは、基礎ユニットで、1小節内に1回どこかに3分割が現れます。さらに17から55は、1小節内でリズム点の衝突なく組み合わせることのできる16までのユニットの対です。1から16は四分音符から始まり、四分音符の三連符、八分音符の三連符と音価を短くしていきますし、その後の組み合わせでは小節内に6リズム点が成立しますから順番通りに並べていくと、徐々に密度を増していく展開が自然に発生することを確認し、あまりにもディダクティックすぎるきらいもありますが、3分ほどの曲の設計としては無理がないのでこのまま行こうと決断しました。

それぞれの1から16の基本リズムユニットには、重複するリズム点が見られます。これを割り出し、実際には小節内(単位時間)でどのようにリズム点が分布しているのかを目視するため、リズム点をスケッチに書き出してみます。重複するリズム点を1カウントとすると、3拍子の1小節内に存在しうるリズム点は26箇所ありました。この26箇所に固有の音高を与えて、ある音域内で散乱させれば、リズムの不規則性も手伝って不思議な浮遊感が得られそうです(実際にはリズムには規則がありますが、規則を感じにくくするための規則なので不規則性としました)。

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(譜例: リズム点と倍音列表)

上述のリズム点チャートの段階では、音はまだ真ん中のソだけです。浮遊感をねらうと思いつくのはチェロやハープのハーモニクス奏法です。チェロにはG2に調弦された弦があり、さらにC線もあるので、ソの音を含むハ長調のトニカ(主和音)とドミナント(属和音)の倍音列を軸に構成できるかもと考えました。C線上とG線上の倍音列を第13倍音まで(根音含む)書き出しました。すると、合わせて26音になるので、これらの音をリズム点に振り分ければ、システム化された作曲の基本構成が完成します。これらの音は、倍音列上の微分音を近似値の平均率上の音に直せば、音域的には3人の奏者が全て演奏することができます。3人がうまくポコポコと空間を埋めるような音型を考えて振り分けられそうです。

ただし、C2上の倍音列とG2上の倍音列には同音が存在します(厳密には倍音番号が違うので同音ではないのですが、平均率で考えると同音になります)。この重複を認めるか否か。重複を認める場合のメリットがあると考えられれば認められそうです。重複する音はG3、G4、D5、G5、A5です。単純計算でこれらの音が他の音の2倍頻出する場合に起こる傾向としては、おそらくト長調の雰囲気が強く前面に出るであろうということです。ハ長調のドミナントの感覚が強く出ると考えることもできます。ランダムな様子で音が浮遊している空間を偏りのある響きの大枠が支配している状態は、聴取の際に心地が良さそうです。なので、重複する音を1つの音と見なさず、それぞれ別のものとして26箇所中に別個のリズム点をあてがうことにします。

ここからは少しシステムと離れた感覚の作業が始まります。真ん中のソから始めることは確定していますから、最初はC線かG線上のG4のどちらかです。どちらでも構わないので、C線にしました。リズムユニット1は、小節全体を均等な3等分していますから、G4からオクターブ関係を作るG5とG3を当てます。その後、それらの拍にあてがわれたソの音から徐々に離れていく様子になるように、感覚でリズム点に音を当ててみました(上述の譜例の倍音列上に番号がふってあります)。

こうして出来上がった音の自動生成システムに沿って、次は音を実際に書いてみて、それが聞いてみて面白いと思えそうな確信が持てれば曲の仕上げにとりかかることができます。まずは音の在り方を確認するために書いてみました。一度書いてみてちょっと失敗していることに気付きます。リズムユニットのパターンを前に揃えた書き方で書いてしまったため、最初から途中までは徐々に展開していく感じが良いのですが、17ユニット目以降は、カノンの状態にリズムユニゾンが起こり続けることになります。リズム点に音があてがわれていますから、リズムユニゾンはすなわち完全なユニゾンで、カノンによるリズム補完もありません。そこで、17パターン目からは、リズムユニゾンが起こらない組み合わせを順次試していく必要がありました。最終的には以下のような音の並びに落ち着きます。

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(譜例: カノンの骨組み、スケッチ)

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