#エッセイ (政治経済)『USスチール買収』

 先週の土曜に久しぶりに実家に帰省していた時の事です。何気なくつけていた実家のテレビのニュースで、アメリカの政府高官が何かの声明を発表しているのをたまたま目にしたのです。よく聞くと、日本製鉄によるアメリカのUSスチール買収の動きについて牽制するという内容でした。そこで気になったのが、米政府高官は買収の見直しが日米間の関係を損なうものでは無いと断言していた事です。何だかいつになく日本に気を遣ってるなと思いながらも、それを聞いて“なら買収してもいいじゃん!”と思ったのですが、そうは問屋が卸さない事情がアメリカサイドにあるようですね。
 今年のアメリカは大統領選の年です。年明けくらいから次期大統領候補として予備選挙を戦っていたトランプ陣営の方でこの買収の反対の話が挙がっており、ここにきてバイデン陣営からも反対の声明が出たという状況です。すでにあちこちのネット記事にも出ていますが、大統領の椅子を狙う両陣営が考えているのはUSスチールの労働組合の票の取り込みなのでしょう。組合にしてみれば会社の身売りは面白くないでしょうし、それが外国の企業ならなおさらのことでしょう。またアメリカ国民にしても、USスチールはかつての強いアメリカ経済の象徴なのでしょう。やはり面白い訳がありません。これを日本国内で例えるならトヨタが中国企業に買収されるといった感じなのではないでしょうか。トヨタといえばある意味日本そのものですからね。それはやっぱり気分のいいもんではありません。そんな事を思っているアメリカ国民を怒らせると選挙の票が自分の所に来なくなります。この選挙期間中における買収の是非は日鉄とUSスチールの経営陣による合理的な経営判断によって決める事は困難を極め、おそらくは米国民の感情による声の大きさで一時中断を余儀なくされるのではないでしょうか。しかし11月に大統領選が終われば新しく立ち上がるアメリカ政府内で誰もこの件について言及することは無くなり、シレっと日本製鉄は買収を完了させるのではないかと思うのです。ネットの記事によると日本製鉄の経営陣は“強い意志で買収を完了させる”と言っているそうですが、今のタイミングは少しブレーキを踏み気味にしてもう少し慎重にするべきではないかと思うのです。
 ですが、もしトランプが大統領に返り咲けば、彼は“アメリカファースト”の極右的な発想の持ち主ですから、もしかしたら当選後も反対を唱える可能性も考えられます。その反対表明にはアメリカの経済事情や雇用の問題という事よりも、やはり“USスチールは我々の魂”という発想で反対をするのではないかと思います。それでも結果的に資本主義の市場の原理で買収は進むのでしょう。片やバイデンが再選した時には、今反対しているという事を綺麗サッパリ忘れて買収が完了しても何も言及がないのではないかと思うのです。
 ではなぜUSスチール側は日本企業への買収に応じたのでしょう?おそらくですが、あと10年くらいならSUスチールも単独で充分やっていけるのでしょうが、その先を考えると先行きの不安を覚えたのでしょう。USスチールの現在の粗鋼生産量は世界で27位(全米で3位)だそうです。全米でもトップではありません。実はもうかつての面影は見られないという状況なのでしょう。なら売れるうちに売ってしまおうとでも考えたのではないと思うのです。会社がヨタヨタしてから身売り先を探しても誰も手を上げないでしょう。そんな状況になってから身売りをすれば、おそらく財務体質は悪く、買い付ける企業にしても丸抱えという訳にはいかないでしょう。買収するという事は、その会社の負債も全て抱え込むという事になる訳ですから尚更です。なら売れるうちにと考えるのも分かります。それを決めたのは経営陣の取締役会だったのでしょうし、そしてそれを承認したのも大口の株主たちだったのでしょう。日本製鉄にしても現在4位の位置に付けていますが、USスチールと合併をすると3位になります。それでも1位には遠く及ばないそうです。日本製鉄が将来的にトップの座を目指しているのかは分かりませんが(多分そんな事は目指してないでしょう。)、アメリカの市場を押さえてしまいたいのでしょう。今現在では米中は経済的に揉めていますし、アメリカ政府そのものが中国に対する関税を上げてきています。下手をすると中国の製鉄会社は米市場から追い出されるかもしれません。日本製鉄にしてもそんな状況が来てから手を打っても間に合いません。少し長い先を見て今手を打っているのでしょう。未来には何らかの結果が出るのでしょうが、買収に成功すれば、その未来はきっとそんなに悪くない結果になるのではないかと思います。

 私としてはここで一つ疑問があるのです。大統領選の両陣営が日本による今回のUSスチールの買収を反対するのはいいのですが、では日本が手を上げなければどこが買うのでしょうか?正確には何処が買ってくれるのでしょうか?その対抗馬の名前が一つも出てこないのが不思議で何らないのです。現在のアメリカの主要産業は金融とITです。製造業はみ衰退気味です。モルガンやグーグルが鉄鋼メーカーを買ってくれるとは思いません。もしアメリカの国内で買うという所があればそれは販売店でしょう。販売店といえば商社になるのでしょうが、商社がそんな巨大設備を持つとも思えないのです。やはり海外に売ることになるかと思います。さすがに中国の企業に身売りをするとは思えません。またルクセンブルグの世界第二位のアルセロール・ミタルが買うという事だって選択肢の一つなのでしょうが、日本製鉄と天秤にかけた時にやはりそこは日米同盟で結びつきの強い日本企業に傾いたのでしょうか?そこは買収が終わった後にチョッと聞いてみたいところです。
 日本の国内はこの二十数年で色々な企業が買収や合併をしています。メガバンクの誕生や巨大商社の合併、極めつけは三井グループと住友グループは銀行、保険、建設など多岐にわたって合併しています。それもこれも国内の人口減による市場の縮小に備えた動きなのかな・・と思っています。これも大きな意味で“選択と集中”という手法なんでしょう。当の日本製鉄も住友金属と合併して、新日鉄住金と名を変え、ついには住友の名を消して戦前の日本製鉄になっています。住友の名前を消してまで生き残りにかけた住金はやはりかつてのCMで言っていたキャッチフレーズの通り“やわらか頭”だったのでしょうか?それとも苦肉の策だったのでしょうか・・・?それもこれもおそらくは縮んでいく市場で合併をすることによりスケールメリットを最大限に出すという事なのでしょう。その発想でいうなら海外の巨大メーカーを買収することが本当にメリットのある事なのかという疑問もあるのですが、今回は膨れ上がる生産設備の事よりも市場の開拓という事が最大の目的なのだろうか?とも思うのです。その辺をどなたか解説してくれると嬉しいのですが・・・。

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