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即興詩「みずうみ」

私の心の中に見える小さなみずうみには ずっと細波が立っていて
名付けられる前の物たちや 言葉になる前の感情が
輪郭を揺らしながら みずの底に沈んでいるのが見える

輪郭を確かめたくて なぞりたくて
わたしはみずの中に手をのばすのに
そこにあるはずのものは いつもすこし はなれたところにある

わたしの手は水面を掻き乱し
止まぬ細波がみずうみに立つ

わたしはただ 波が鎮まるのをみずうみの淵で待っている


冬の家路
スーパーで買った鍋の具材
うがいをする首筋と
炬燵に滑り込む足先や
私が暮す時間の中で
ただ、波が鎮まるのを待っている

窓から眺めた外の世界
わたし以外の誰かと触れ合うたびに
小さな輝石のかけらや
ビー玉やおはじきのようなものが
わたしのみずうみに飛び込んで

ちいさく ちいさく波を打つ
だれかの心臓の鼓動が
わたしの心臓の鼓動に重なるように
みずうみは ちいさく ちいさく
波を打つ

本の無い世界で言葉を知るように
絵のない世界で描くように
誰の鼓動も聴こえない場所で
わたしの鼓動を聴くために 待っている

静かなみずの面を透かして
みずうみのそこ
輪郭をふるわせてゆれるもの

それを見たくてずっと わたしは
細波が鎮まるのを待っている



※   ※   ※   ※   ※

これは今年の冬に、街の景色や人の心に揺らされて、私自身の声が聴こえなくなってしまった時に溢れてきたもの。


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