見出し画像

ヤギさん郵便No.70「傷だらけの膝小僧」


大きくなったら何になりたいかと聞かれても答えに困るような子供だった。
なりたいものがなかったし、やりたいこともなかった。
だから大人が喜びそうなスチュワーデスとか女優とか夢のある答えをいうのが嫌で、かといって何もないと言ってガッカリさせるのも悪いと思ったので、洋服屋さんになりたいくらいの答えをするようにしていた。
それなりに暮らすのだろう、漠然とそう思っていたと思う。

40歳を過ぎて運動嫌いだった私は走りはじめて、マラソンを完走できるようになって、登山もはじめた。
里山から北アルプスも登るし、雪山も行くし、時々はトレランもする。
そして初めてクライミングに連れてもらった。


初心者向けと聞いたが、行ってみると切り立つ岩は垂直に見えた。ビビった。緊張した。できるわけない。登れる気がしない。持つことないし、どこに足を置いていいかわからない。口には出さなかったが泣きそうだった。
でも登るしかない。
三点支持とか考えていられないけれど、練習した意味がわかった。二点支持だと怖い。目で見てちゃんと足を岩に直角に置かないと不安で体重を乗せられない。
そして緊張の連続からの登頂した時の解放感と達成感。

クライミングをやりたかったわけではないけれど、登山をやりたかったわけではないけれど、マラソンをランニングをやりたかったわけではなかったけれど、子供の頃の冷めた私は今の私をどう思っているのだろう。

岩をがむしゃらに登った夜、
お風呂でお湯がしみた膝小僧は、すり傷があって岩にぶつけてできた青あざがあった。
人生まだまだ想像していなかった面白いことがあるよね、笑ってそんなことを思っていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?