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かわいい子はノドまでかわいい

 会社の後輩、ケイちゃんは、さらさらの髪がステキなかわいいコである。

 ある晴れた日、会社の自販機に、『ウィルキンソン炭酸水』が追加されているのを見かけた。
 それを見た私のテンションは謎にブチ上がった。

 それまでウィルキンソンの炭酸水はおろか、代表商品であるジンジャーエールも飲んだことがなかったが、なんせ「最強刺激」などという文字が躍っている。「最強」を標榜するからにはとてつもなく強い炭酸水なのだろう。

 私は喜び勇んで居室に戻ると、仕事中のケイちゃんの前に躍り出た。
「ケイちゃん。見た!?」
「な、なんですか?」
 ケイちゃんは大きな目を瞬き、きょとんとする。

 私は興奮を隠しきれず、フゥフゥと鼻息を荒くした。
「ウィルキンソン炭酸があるよ! 飲んだことある?」
 ケイちゃんは明らかに戸惑っている。
「えっ、な、無いですね」
「最強って書いてあるよ! 最強だよ!
 私はまくしたてた。迷惑な先輩である。

 ケイちゃんは気を遣ったのか早くこの話を終わらせたかったのか、おもむろに立ち上がった。
「ちょっと見てきますね」
 と言って、居室を出ていった。私はその背を見送り、席に着いて仕事に戻る。

 5分後、ケイちゃんは少し興奮した様子で戻ってきた。
「本当でした! ウィルキンソン炭酸がありました」
「でしょ!」
 それ見たことか! やはりウィルキンソン炭酸に書いてある「最強」の二文字は人を興奮に駆り立てるのだ。私が中二病を患っているせいではない。

「買わないの?」
 私は聞いたが、ケイちゃんは顔を曇らせた。
「炭酸、苦手なんですよね……」
「エッ。そうなの。大変だね」
「ジンジャーエールとかも飲めなくて」
「そうなの……」
 私は心底残念に思った。反応次第では、この後ウィルキンソンカーニバルを催すにやぶさかではなかったのに。
「でもちょっと気になるから、私は買ってきちゃおうかな!」
「えっ、大丈夫ですかYeKuさん?」
「大丈夫! 大丈夫!」
 私は全く仕事も進まないくせに再度立ち上がり、ウィルキンソン炭酸を買いに走った。

 戻ってくると、ケイちゃんがソワソワと見守る中、ゴクッとウィルキンソン炭酸水を呷る。

 シュワーッ!!

 ノドを焼けるような刺激が通り過ぎる。私は飲むのをやめ、マジマジとボトルを見つめた。

 ケイちゃんはもはや仕事どころではないのか、私の様子をうかがっている。
「……どうですか?」
「――これは強いね! 最強というだけあるよ!」
 私は再びゴクリと飲んだ。

 なお、ちょっと下品な気がして恥ずかしいのだが、私は飲み物を飲むときノドがめちゃくちゃ鳴る方である。美味しそうに飲むねと言われたことがある。
 ケイちゃんもそう思ったのか、興味深そうに赤いラベルを見つめた。

「なんか……私も飲みたくなっちゃいました」
「ほんと? ちょっと飲んでみる? 口つけちゃったけど」
 私はティッシュでペットボトルの口を拭き、ケイちゃんの方に差し出した。ケイちゃんはちょっとためらったが、「ありがとうございます」と受け取る。

 私はワクワクしながらケイちゃんの様子を眺めた。何かの体験を他人と共有するのは楽しいことである。かわいい後輩ならなおさらである。

 しかし。

 おそるおそる、ちょっとだけペットボトルの中身を口に流し込んだケイちゃんは、口を離すやいなやゴホッ! と大げさにむせた。

「ご、ごれば……づよいですゲホッゴホッ」
 ケイちゃんはむせている。
「えっ。マジで? 大丈夫?」
 私はケイちゃんからペットボトルを受け取り、ノドを押さえているケイちゃんを見つめた。

「よぐYeKuざん平気でずね、ゲホッ」
 まるで毒を飲んだような苦しみようだ。ケイちゃんの顔が紅潮し、目元に涙がにじんでいる。私は申し訳なくなると同時に、あまりの咽っぷりに面白くなってしまった。
「だいじょう……アッハッハッハッハ! あれっぽっちの量でそんなむせることある? アッハッハ!!

 ちょうど帰ってきた部長が私たちの様子を見て顔をしかめた。
「なに、YeKuちゃん、ケイちゃんのことイジメてるの?」
「いや、ちがっ……アッハッハッハ!!」
 私はヒーヒー言いながら机に突っ伏した。

 悪いことに、そこに電話が鳴った。私は震えながら電話を取ろうとしたが、マジメなケイちゃんが先輩には取らせまいと先に電話を取ってしまった。

「ばい、××のゲイでございばず……」
「アッハッハッハッハ!!」
 私は笑い声が電話先に聞こえるのを防ぐため、床を蹴ってイスのローラーをゴロゴロ言わせながら遠ざかる。もうだめだ。面白すぎる。そのまま勢いで立ち上がり、落ち着くまで居室を出た。

 どうでもいいがこいつは全く仕事をしていない。

 なんとか落ち着きを取り戻して戻ってくると、ケイちゃんはまだ赤い顔で、電話の内容を私に伝えてくれた。

「了解です。ありがとう」
 私はケイちゃんに言った。
 ケイちゃんはふぅふぅと胸元を押さえている。

 なお彼女の声はその後数時間直らなかった。無理やり飲ませたわけではないと思うが、アルハラするひどい先輩みたいになってしまった。申し訳ない。

 それにしても、かわいい女の子とは、炭酸も飲めないものなのなのか。大変な生き物である。

 ケイちゃんはネコみたいにマウスカーソルを追いかける癖があるし、一人で食べ物屋さんに入れないし、炭酸も飲めない、私のかわいい後輩だ。


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