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散歩中に犬が逃げた話【途中まで無料】

割引あり

 実家で犬を飼っている。当時3歳になるオスのトイプードル。名前はムッちゃん。ちょうどお迎えした時間が六時だったことから、私が名付けた。

犬が人の手を舐めている写真
ムっちゃん(イメージ)

 なお、私は実家住まいではないので、ムッちゃんとは、たまに実家を訪れた際、遊んだり散歩をしてあげたりする仲である。ヤツは私を都合のいい遊び相手だと思っている。

 ある晴れた昼下がり、私は母に犬の散歩を申し出た。母は若干心配そうにしながらも、エチケット袋や水などを私に持たせてくれる。

 母が心配そうなのも無理はない。

 以前スマホを持たずに散歩に出たところ、方向音痴を発揮して2時間近く迷ってしまい、最終的に散歩に飽きたムッちゃんの案内で帰宅するという体たらくを晒した。

 そんなこともあり、その日はスマホを持って出かけた。GoogleMapは犬よりも正確である。その辺の草を食べたりもしない。

 私は近場の公園などをぐるぐる周り、知らないおばさんに「公園で犬におしっこをさせるな」などと叱られながらも無事散歩を終え、帰路についた。なんか釈然としないが、砂を子供が触ったりするから止めてほしいそうだ。まあそういうものか。

 事件が起きたのは、実家マンションの裏口付近の道路まで歩いてきたその時であった。

 私の目の前を黄色いチョウチョが横切ったのである。

 リードを握ってチンタラ歩きながら、私の視線はひらひら舞うチョウチョにくぎ付けになった。そう、私の精神年齢は5歳である。

 そして、折悪しく犬も何かに気を取られ、不意に走り出した。

 グッ、とリードの持ち手が引っ張られる。

 私は慌てて力を入れようとするが、スポッと持ち手が抜けた

 乾いた音を立てて地面にリードの持ち手が転がる。

 自由の身を悟ったムッちゃんが、突き飛ばされたような勢いで走り出す。

 私はハッとなって、すぐにリードの持ち手を捕まえようと駆け出した。
 大変だ。ここは道路である。車にでも轢かれたら!

「ムッちゃん! 待って!」

 しかしムッちゃんは止まらない。ズルズルリードを引きずりながら数メートル駆けて、チラと私の方を振り返り、追ってきてると悟るや否やスピードを上げる。

 私は走りながら、サーッと血の気が引いていくのが分かった。

 走っても追いつけないと分かる。
 保育園からこっち、一度もかけっこでビリ以外取ったことのないことが自慢のYeKuである。

 私は立ち止まる。
 ムッちゃんは振り返り、ハッハッと舌を出してつぶらな瞳で私を待ち構える。

 あの駄犬! 私が遊んでると思っていやがる! バカ!

 私は焦りのあまり、内心口汚く罵った。バカはお前である。

 立ち止まっているのは数瞬であった。私の頭は目まぐるしく回転していた。

 走馬灯のように、怒り悲しむ母の顔や、迷い犬ポスターを貼ってまわる自分の姿が過ぎる。

 じっとりと嫌な汗が背中を伝う。

 追いかけたら逃げるだろう。そのうち大通りに飛び出して車に轢かれたらどうしようもない。とはいえ背を向けて帰ることもできない。目を離した隙にどこかへ逃げてしまったら目も当てられない。

 どうしたら。

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