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仁義なきサラダ取り分け戦争

 ある日の仕事終わり、会社のメンバーで行きつけの中華料理屋にやって来た。

 人数は15人くらいだろうか。複数のテーブルに別れて座り、各席に飲み物、サラダなどが提供される。

 私の座るテーブルには、上司、先輩、先輩、先輩、私、後輩というメンバーが揃っていた。

 乾杯などしつつ、歓談が始まる。

 皆楽しそうに話しているが、私はただ一人、テーブルの上に鎮座するサラダボウルを暗澹としたまなざしで見つめる。

 そう――サラダの取り分けである。

 皆さんも一度は感じたことがあるだろう。誰か取り分けろよ、という圧。あるいは合コンで女子力をアピールするため、野獣のごとく我先にトングを奪い合う。こうした仕事の場では、一番の後輩がそういった雑務をこなすのが恒例である。

 さて、振り返ってみよう。今座っているのは、上司、先輩、先輩、先輩、私、後輩である。つまり、この場では後輩が取り分けるのが正しいだろう。もし後輩が取り分けないなら、次のプライオリティとして私が取り分けざるを得ない。

 しかし、しかしである。

 私は取り分けたくない。

 だって、長年女性だからとか、後輩だからという理由で粛々とサラダを取り分けて来たのだ。

 なんで後輩が同席しているのに、私が取り分けなければならないのだ?

 だが、私が取り分けなければ、一体誰が取り分けるのだろう。先輩に取り分けさせるなんて心苦しくてさせられない。

 後輩を横目に見たが、のんびりビールなぞかっ食らっており、一向に取り分ける素振りが無い。

 これは……もしかして、私が取り分けなければいけないのか?

 もし私がサラダを取り分けなければ、上司や先輩たちはサラダを食べることが出来ない。

 野菜不足が叫ばれる昨今。ここで彼らが食いっぱぐれたことによって、サラダ不足でガンになって死んでしまったら、サラダを配らないという選択をした私のせいだろう。

 ああ、上司や先輩たちは、私のせいで死んでしまうのか!?
 私がここで、サラダを配らなかったことによって!?

 そんな非道は行えない。別に好きでもないが、私は彼らに死んでほしいと思っているわけじゃないのだ。

 後輩はなぜこの絶望的な状況に気づかないのだ!?

 私はもう一度後輩を見たが、のんきに笑っている。

 なんだこいつは。彼には神経が通っていないのかもしれない。

 しかし、私は一縷の望みにかけた。先輩である私がサラダを取り分けだしたら、「YeKuさん、僕がやりますよ!」とこうなるのではないか。そうに違いない。それが社会人というものだ。

 私は重々しい動きで椅子を引きずり、なるべくゆっくりとトングを手に取った。

 談笑の声が賑やかしい中、私の中ではゴゴゴゴゴゴゴ……という重々しい効果音が流れている。

 トングをサラダのボウルにザクリ、と突き刺した。

 後輩を横目に見る。

 彼は私がサラダを取り分けていることに気づいてもいない。「あ、すいません!」の一言も無い。

 なんなんだ。なんなんだこの仕打ちは!?

 私はこの10年ほど、自分が後輩だからとか、女性だからという理由で無慈悲にも多くの男たちにサラダを取り分けて来た。

 そして同じ席に後輩がいるという稀な状況がようやく訪れたのに、私はまだサラダを取り分けなければならないのか!? いつになったら取り分けの義務から解消されるのか!?

 私は絶望的な咆哮を上げ、サラダにトングを突き刺したまま泣き崩れた。

「どうして、どうして私が取り分けなきゃいけないの……!?」

 目を丸くしている後輩に向き直り、

「こういう時は一番後輩が取り分けるの……! どうしていつもいつも私が、私が……!!」

 オイオイと顔を覆う私を前に、テーブルには残酷な沈黙が落ちる。

「……まぁまぁまぁまぁまぁまぁ!!」
 ヤケクソになったように、上司が手を叩いた。他の先輩が私を引きずって椅子に座らせ、むせび泣く私の肩を叩く。

「まぁまぁ、飲んで飲んで!」
 無理やりビールジョッキを持たされた私は、涙と共にゴクリとビールを飲む。

「自分の分は自分で取り分けよう、ねッ!」

 上司が言ったので、「そうそう!」とその場はやいのやいのと賑わいを取り戻した。私が飲みの場に与えた風穴は見事にふさがってしまった。

 そうだ。自分の分は自分で取り分ける。それでいいじゃないか。なんで女性が、後輩が取り分けなければいけないのだろう?

 そもそも社会のルールが理不尽なのだ。私は悪くない。後輩も悪くない。

 私は鼻をすすった。後輩に向き直る。

「ごめんね。積年の恨みが爆発しちゃった」
「いえ、僕も気が利かなくてすみません……」

 私は後輩と笑顔を交わし、楽しい会食に戻った。

 この事件は教訓を教えてくれる。

 サラダは自分で取り分ける。

 誰も取り分けなければ、「気が利かない」とそしられる犠牲者も出ないのだ。悲劇を防ぐために、なんぴとたりとも、サラダを取り分けてはいけない。


※なお、これは実話をもとに脚色したお話です。くれぐれも、私は咆哮を上げてむせび泣いたりはしていません。

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