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FF11の昔話を始めようか④白魔道士

前のPTプレイについての記事で、
自分が白魔道士だったこともあり白魔道士としてのことを大分多く書いたと思うのだけれど

絶対に必要とされるジョプだったからこそ 
当時の思い出話を振り返るにおいて書くことは多いジョブなのかもしれない。

当時は特に、ジョブと種族によって長所と短所が極端だったため、
どのジョブだったかで、そういう認識の世界線が異なるっていう特徴がある。

前衛は前にでて、モンスターたちと戦い、
後衛は後ろから魔法が届くギリギリのところまで離れてケアルを行う。

白魔道士を選ぶと、RPGでありながら戦闘を一切行わないし、
前衛側とお互いが、そっちがどうなってるのかは知らないという、独特の世界に踏み入れることになる。
「これがオンラインゲームなのか」という象徴のようなものを感じた。

今ではフェイスのクピピなんかが殴りながら魔法を詠唱したりすると思うのだけれど
当初開始したはじめのときこそ、そういうものだと思っていたら、
実際は戦闘のコマンドすら押さない、
今でこそ魔法を敵に詠唱した瞬間に音楽が流れたりするけれど
これは復帰したときにまず驚いたもので、
当時は魔道士というものは、戦闘の音楽を聴く人権がなかったのだ。
オリジナルでもフィールドエリアとダンジョンエリア、ソロプレイ、PTプレイそして
追加ディスク以降の独自の戦闘音楽など、さまざますばらしい音源が作られているにも関わらず
魔道士というのは、せいぜいはじめのレベル10までの間しか戦闘のコマンドを押す機会はなく、
以降はずっとPTを組んでいるし、その戦闘の音楽を聴く機会は与えられなかったのだ。

特に白魔道士はPT以外で戦闘を行う機会などまったくない。

なんなら私の白魔道士のタルタルだったという経験に関していえぱ、
レベル1でサルタバルタにでるときから、
プレイ開始初日に入ることになったLSの先輩と一緒に外に出るという行為から始めることになったのだけど
先輩からしてもらったレクチャーが終わって、
その後に、ひとりで戦ってみたら、
レベル1でサルタバルタの入口付近のTinyマンドラゴラにふつうに殺される、という経験をして
それを伝えたら先輩がもどってきてくれて、
その人もメインが白魔道士だったため、
白はレベル1からまずモンスターを倒すことに苦労するという大変さをわかっているので、来てくれたのだけれど
そうしてレベル2にあげた後、先輩がもどっていき、その後またひとりで戦うと、レベル2になってもまだマンドラゴラにまた殺される…、
というありさまだったくらいに
白魔道士、そして打たれ弱いタルタルというジョブと種族は、
完全に前にでて殴って戦うっていうことが一切できないものだと知らしめられたのだ。

だけどそれじゃあ白魔道士というジョブが楽しくないのかというとそんなことはないし
むしろ、PC版開始からジラート販売までの僅か半年間という年月の間に、
フレ100人以上、LSが6つ以上、
プレイヤー同士の横つながりというものを、みるみるうちに作っていくことになった理由は
自分がウィンダスのタルタルでそして、加えて白魔道士だったという、
初期をやってたという人でも経験それぞれなわけだけれど、
この3つのコンボは、理由としてとても大きかったと思う。

「レベル10になる前の序盤からPTを組んで、とにかく人と一緒にやるのだ」という気持ちが高めさせられた。

そして前のPTの記事で書いたけれど、
絶対にPTを組まないと何もできないのに、必要とされてる役割は、戦士と白魔道士しかないという中で
黒や赤を選ぶよりも、本職の仕事をやっているんだという安心感や自尊心は守れるのは白魔道士の方が大きかったと思う。

そしてジョブの特徴から、他のプレイヤーという存在を認識してから動くという特徴があるため
他人と交流を図ることにちゃんと神経をとがらせている人の割合が明らかに多かった
なのでそれをわかっていて、信頼して声をかけてもらえるということもあったし、
みんなでつながりあって、情報網を回そうと考える認識力も自然に高くなって
サービス開始したときにみんなで情報網みたいなのを回しあっていたときに
そのジョブを見れば、みんな始めたときは白魔道士だという割合は多くなっていた。

ヴァナデールの世界の特徴として、前衛ジョブで、そしてタルタルじゃない種族を選んだ人間は、
そのプレイヤーが自分のいたらないところがあったときに、自分ではなく後衛や、種族でいえば打たれ弱いタルタルを殺して、
他人に迷惑をかけて、自分だけは自己中にレベリングをしていくということが可能だったため
(そして白魔道士は逆に、有能に他者のために動ければ動けるほど、敵のヘイトを貯めて、他の人を助けて自分だけが死ぬということになりえた。)

レベルが先にどんどん進めることができることにマウントをとる人間が当時にいたようなものなら
ただし本人はマウントをとってるつもりでも、
早く進められるというのは、その限りではないけれど、
他者に迷惑をかけても気にしないというパターンも多く、
裏では他人から悪口を言われているという
周りの人がどれだけ情報網をまわしてやっているのか、きっと見えていないんだろうなという
多くの人はそれを理解して 逆にデータ上進んでるからって信用はできない というのは
ヴァナディールの世界を熟知していれば熟知しているほどそれが理解できたし、コミュニケーションや交流をとるという行為は、みんなで治安を守っているという感覚があった。

そして白魔道士はそれを観察する側にまわるために、みんなでやってる情報網を回している中にいるといえば白魔道士だという割合は自然に多かった思う。

先輩後輩や、横つながりも、白魔道士の人が気が付けば多く、情報網を張り巡らせて
「FF11の楽しさはレベルを上げて強くなることではない」という認識が私にとって強くなったのは自分が白魔道士だったからこその理由も、加えて大きいだろう。

さてそして
白魔道士だけが行える初期の頃の、ヴァナデールでの活動の話をしたい。

やっぱり有名なのは テレポ屋さんだ

当時はとにかく移動ができないゲームだったため
前のPTプレイの記事で、移動手段はもっぱら徒歩かチョコボか...と書いたけれど
白魔道士のテレポートという手段もあった。
ただしテレポで向かえるエリアは
初期はラテーヌ、コンシュタット、タロンギ、それからザルカバードに限られていて
ジラート後にアルテパとヨアトルが追加されたくらいなので、

レベリングで果たしていきたいところにテレポに行くことがそんなにあったかどうかは記憶にないのだけれど
もしジュノ下層でPTを組んで、アルテパに行こう、となったら便利かもしれない。
だけどPTのメンバー全員がアルテパの石を持ってる必要があるし、私はジラートからしばらくした後、レベル上げPTには行っていないため
当時には、アルテパの石をたまたま即席で組んだPTが全員持ってることなんか少なかった記憶までしかもっていない。

行けるエリアは限られている。けれどそれでも初期のFF11では大変便利だったのだ。
思えば、初期の頃には白魔道士が多かった理由は、PTに誘われやすいという特徴の他に
もっと大きな理由があった。
それは移動ができるということだ。
どうだ、移動ができるんだぞ、
移動ができるんだぞ、移動ができるんだぞ…!

当時のFF11において、これに勝る優越感はなかったかもしれない。
戦士だとレベル50になってもレベル60になっても、白魔道士にテレポを頼まないとこのゲームは移動すらままならないのだ。

というわけで、その移動魔法を使用した商売もあった。
初期の頃は
「テレポホラ、デム、メアまで500G ヴァズまで1000Gで飛ばしますー」というようなshoutがもっぱら聞こえてくることがあっただろう。
もしくは「メアまで500Gでどなたかテレポしていただけませんか?」というshoutを聞くこともあっただろう。

さらにいえば、人が「テレポホラ、デム、メアまで500G ヴァズまで1000Gで飛ばしますー」とシャウトしているにも関わらずその傍らで
「テレポホラ、デム、メアまで300G ヴァズまで500Gで飛ばしますー」と値下げをする。
テレポ屋さんのライバルが現れるだと....?!、なんてこともあり。

初期の頃は、白魔道士としてはLv36になり、
ホラ・デム・メアの3つのテレポを覚えると、もうすっかり一人前になったような感じであった。
飛空艇に乗って、ジュノから三国に行くことができるといっても、
当時に魔晶石ミッションをクリアするのはなかなかに大変で、
当時は数十人という単位で集まり同じ日付に「魔晶石ツアー」と称して向かうこともあり、
そんな飛空艇がゲットできるようになるまでに、
(ついでにいえば、当時に大公から飛空艇パスをもらえるということはもちろん、めちゃくちゃ大変に名誉なことだった)
あからさまに何度でも、3国に行きたい用事を多くの人が持っていた。

それに飛空艇パスをゲットしていたとしても、飛空艇が来るまでの待ち時間があり、
もしも乗ろうとした側で、飛空艇が行ってしまった直後であった場合には
たとえばジュノからバストゥークに行きたい場合は、テレポデムでコンシュタットに向かって、
そこからチョコボに乗って向かうのとでは、一体どっちが早いんだろう?と頭を悩ませることになった。
ほんとに今直前で行ってしまったのであれば、テレポでフィールドエリアに向かってからチョコボの方が速いと言えた。

そして白魔道士がレベル30台でもかなり立派なものであるという理由はもうひとつあって
2003年2月に実装されたイレースといういままで治せなかった状態魔法を治せる魔法だ。
これは当時、競売で買おうものなら100万ギルし、リフレシュも50万ギルとなかなかのものだったが、
当時の100万ギルといえば、今でいえば1億ギルくらいの、途方もない努力が必要な金額だった。

印章BCにて取ることができるこの魔法だけれど、印章BCに向かう仲間を集めることもなかなか大変になってしまったりするし
行く人たちは、土日とかに事前に計画した上で向かい、その上、狙ったように落とすとも言えず、

白魔道士にとっては「レベル40になる前にはかならずこの魔法取得したい」というプライドが生まれた。
白魔道士はそのレベル自体が高いかどうかよりも、この魔法を覚えているかどうかでプライドが生まれたために
レベルを先に上げるという事はどうしてもできなくなった。

しかし この印章BCに、人とまとまって行くことができる都合のあう時間を作るということもまた更に大変なので、
プライドはあるけれど、それが可能でないと判断したとき、私はレベル上げに行くこと自体も挫折してしまった。

こうして白魔導士はレベル30台で止まるというのは それこそ当時の象徴のようだったと思う。

赤魔道士と白魔道士をどっちも平行して行っていた人が、2年以上30台で止まっていたとしても、
別に当時2年以上毎日プレイし続けているユーザーとしてふつうのことだったんじゃないかと思う。

私としては、そしてログインするだけで、何人もの人と同時にチャットをたのしんでいる中で、
それだけで時間は必要で、時間が限りなく使えるわけでもなく、
もうレベル上げに行く必要はないんじゃないか...という気持ちが私の中では生まれていた。

そしてもうひとつ、
当時に、白魔道士として行われていた有名な活動といえば 辻レイズナーだ。 

これはwaybackmachineというなくなってしまった昔の過去サイトが見れるサイトで、
当時のLSのcgiサイトを見ていたら、辻レイズナーと自分の代名詞として入力されていて

活動というには、なんとなくぼんやりとしているようだけれど
それがしっかりとした辻活動というヴァナでの歩き方というものがあって
どうやら当時によくTellをくれていた人は、そのあり方で雑誌から取材を受けたことさえあったようだ

たとえば記憶がもう薄れているのだけれど、サルタバルタからマウラまで向かい、船にのり、セルビナからグスタベルグまで駆けて行き、
そうしてサポートジョブをゲットする前のユーザーたちが戦っているところで
辻ケアルや辻プロシェをし、そして死んでしまったユーザーを見つけては、辻レイズを行っていくというようなことをしていた。

ついでに裁縫職人だったので、当時はもちろん合成も上げるのはたいへんでそんなに高レベルの装備が作れないので
初心者のひとたちが戦っているエリアに赴いて、
NPCのお店よりもかなり格安のバザーで へいっ!レベル上がったでしょ?買ってかない??ということもしていたと思う

レベル36にもなっていれば、十分、これからの初心者のユーザーたちのサポートはできるという考えだった。
初期の頃といえば、いくらでもこれから始めていくユーザーのひとがたくさんいたので、
レベル36になったあたりで、いくらでも人の役に立つということはできた。

ただし、2003年の夏ごろ、レイズIIIも登場するような頃になると、
レイズIIすら覚えておらずそんな活動をするのもどうだろうという感じになっていた気がするのだけれど
ということでレイズIIIがでて、そういう風潮になったあたりから 自分はあまりプレイをしなくなったのかもしれない

白魔道士や魔道士は、前衛よりも大変だったと言えると思う

まず初期はとにかくお金が稼げず、
お金が稼げなくとも、装備品を揃えないといけないというのは、前衛と別に同じであるし、
加えて魔法スクロールを入手するためのお金や条件が大変だった。

白魔道士ならPTに誘われやすいという特徴はあるけれども
もしや人助けジョブは円満な対人関係を作りやすいと、それも仕組まれたことなのか、白魔道士のアーティファクトは、当時の最難関と言われ、
フェ・インというエリアでLv60がカンストの当時に宝探しをするには、アライアンスを組む必要があったらしい。

しかしそうして大変だったからこそ
当時にFF11を白魔導士としてプレイしていたということは、とてもプライドの高いものとなっていた。

白魔道士のAFの姿のタルタルを「かわいい」と思うひとは多いらしいが初期にAFをフルで揃えるまでプレイをするということは
私にはかわいいとは思えない、畏怖を感じるようなただならないオーラが放たれていると感じていた。

さて2002年当時
私はケルベロスサーバーだったので、PC版開始に伴って、
人によっては事前から人に誘われやすいという情報を考慮して
白魔道士を選ぶ人は多かったりしたみたいなのだけれど
私はそんなことはなにも知らず
とりあえず魔道士がやりたくて
そしてただなんとなく、「チョコボの不思議なダンジョンのシロマなら知ってる」くらいの理由で
白魔道士を選んでしまったのだが
ファイナルファンタジーというシリーズの11なのだから、とうぜんファンタジーなのだろう。
という風にふつうにゲームをプレイする気持ちでプレイを開始したはずだったのだけれど

そうしたらオンラインゲームという人との共闘がすべてのゲームで
白魔道士のタルタルという立場。

前のPTプレイの方の記事でも書いたけれど
実にこのゲーム、前衛に対して有利で、後衛に対して理不尽な仕様になっている部分があって

MPが多く、人の役によく立つものでありながら
HPが少なく、代わりに自分が死んで犠牲になるという確率の高いこの立場で

それに対して前衛は、他人のためを思うこちらのジョブを
まさしくこちらを利用するような態度で
自分だけがレベルが上がり、後衛がが死んでも気にも留めない。
人がそういうようなプレイヤーであるのか。

それとも、白魔道士や後衛の、こちらの立場を理解し、
「白魔道士ファースト」に考える、他者を優先して考えることのできる、人間のできたプレイヤーであるのか。

白魔道士というこちらに一体どのような態度をとってくるのか?

と、ある意味プレイヤーの人格を試すようなゲームの仕様になっていて
白魔道士のこちらとしては、それをよく観察する側の立場になることになった。

当時私に関していえば、実に小学生だったので
ファンタジーを楽しむつもりだった小学生だったので
しかしながら、これは一体、もはやゲームと呼べるものではなかった。
いや、もはや小学生と呼べるものではなくなっていた
本当にただの社会経験だと思った
ガチで社会経験。
マジで社会経験。
なんだよこれ...一体なんなんだよ...

こちらを殺しても気にもとめないプレイヤーなのか?
こちらを優先的に考えるプレイヤーなのか?

白魔道士としては
他のプレイヤーをまず見定めるということをするゲームであった。
PTプレイに行く前に、まずLSやフレに「PTいってきま~」「いてら~」と事前に挨拶するのがいいだろう。
そうして何かあった時のために、事前に愚痴をいう準備をしておくのだ。
何かあったときには、そうしたらLSのひとたちは親切なので、そのLSのお付き合いのあるLS、そのまたお付き合いのLSまできっと情報を拡散してくれるだろう。
日記帳をつけていたらいいかもしれない。デスノートがあるとなおいいだろう。(もっとも当時にはまだデスノートはなかったかもしれないが。)
前衛たちのことを裏Tellを回して、白魔道士同士、愚痴を言うことに勤しむのだ。
お仕事に行くって、こういうことなのかな....。

なんだこのゲーム。
ファンタジーを楽しむつもりだったのだが。なんか思っていたのとなんかちょっと違った。

前衛でもそうだろうけれど
白魔道士ならなおさら、PTに誘われて行くということは
お仕事に行ってくるという感覚に近かった。

当時、まだ2002年というSNSもYoutubeなどの動画サイトもない時代、
インターネットでできることも限られてる中で
FF11というオンラインゲームのリアルさにまさしく衝撃だった。

おそらく白魔道士だったが故に、なおさら人間関係の構築を見て作って行く側の立場になったであろう
ただのリアルワールドであるということが衝撃だった。



前衛たちを、躾けてやらないといけないのよ…!!

その当時...白魔道士のフルAFを纏ったタルタルとは...
数々の熟練を積んだ手練れなのだ。かわいいと思うことなかれ。
きっと、すごくストレスがたまっていて、きっとすごく毒舌に違いない!
かわいいと思うことなかれ。かわいいと思うことなかれ。

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