昔の思い出

必要な時にはいつでも『ねえねえママ』になるからね

仕事で遅くにしか帰らない両親のもとに生まれた私たち姉弟はいつも留守番をしていた。

気づけば9歳年下の弟の面倒は私の役目に。まだまだ母親のぬくもりを感じていたい小さな体、その手をいつも握りしめていた。声を上げる度になんで泣いているのか分からずおろおろする。お腹が空いているのか、おむつが汚れているのか、抱っこしてほしいのか毎回全部やってみる。困った時には抱っこして揺れてみる、そうすると大抵は泣き止ん

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スキありがとうございます
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てぶくろくろすけ

子どもの頃に好きだった、てぶくろが夜中に抜け出す話の絵本。タイトルが分からず見つからなかったけど、やっと見つかった。

しかし、今読むとだいぶ複雑な気持ちになる内容…。夜中に抜け出すと危険だよ、という教訓の記憶は自分の思い違い。何より、くろすけが一人だけで(片方の手袋だけで)公園にきたからってだけで.「そこまでする?」ってくらい追い込みかけてくる最悪な手袋集団がとにかく憎い。
あと、最後のセリフが

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未熟ではありますが今後ともよろしくお願いいたします
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2019/02/14 第8回

ご機嫌よう。話屋です。

本日のテーマ
「バレンタイン」

20代で最後のバレンタイン。笑
過去に印象的だったエピソードを話しましょう。

私がバレンタインにあげた事は
片手で収まるぐらいで、

その時期に好きな人がいなかったって事もありましたのであんまりご縁がなく、
あげても音沙汰なしが多かったのですが、

これは23歳ぐらいの出来事。

当時私はとある派遣の仕事をしており、
その派遣先の営業の

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それだけでは

憧れの人たちがいて

あの人達のように

あの人たちの隣に立ってふさわしいように

と20歳そこそこの頃に思ったものです。

その時思いました。

若さだけでは空っぽだと。

その時私はそう思って

大人で美しくて自立してる

そんな女性に早くなりたいと思ったのでした。

そんなことを思い出した。

#ライター
#コラム
#昔の思い出

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Have a nice weekend !

朝、わけもなくウィッキーさんのことを思い出している。

小学生の頃、登校前の時間にうちのテレビでは決まって『ズームイン朝!』が流れていた。

ぱらららぱら、ぱらららら、ぱらららららーら。というイントロの後に、やたらテンションの高い外国人が登場して

「グッモーニン、ミスタトクミツ!」

と言うのだ。その人がウィッキーさん。

僕の記憶のウィッキーさんは決まって「ミスタトクミツ!」とあの独特のイント

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ありがとう!
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卒論を公開してみるの回。

#卒論公開チャレンジ というハッシュタグを先月くらいにツイッターで見かけてから、ずっと迷っていた。いや、だって私の卒論、あまりにニッチすぎて面白いと思ってくれる人いないだろうし、そんなものを公開して何になるのかという思いがあったから。

とは言え、元は仏文研究者として、今や本国フランスですらあんまり読まれない(でも文豪ってことはみんな知ってる)ポール・ヴァレリーというおっさんを日々愛し、時に憎み、

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♡♡
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シアワセの欠片(昔の記憶)

大きな幸せはとても嬉しいのよ。
 そうね、たとえば……私の誕生日にサプライズケーキ。
 花束など、とても嬉しい。

 でもね、たまに忘れられちゃう年もあるの。
 それは悲しい。

 家族のみんなに忘れられてしまうのは、悲しいわ。
 そう呟いた私に、家族は手作りのお金のかからないプレゼントを作ってくれたよ。

 新聞紙で器用につくられた、大輪のバラ。
 白い紙に書かれた「おめでとう」のお手紙。
 た

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あの日の窓

今から4年前、私は実家を離れ県外の大学に入学しました。

大学周辺は地元以上の田舎でした。
電車やバスは1時間に一本、街灯が少なく大きな通りでも夜になると真っ暗、家の前は田んぼ、夏に窓を開けると蛙の大合唱……

当時の私は、早くそこから離れたいという気持ちでいっぱいでした。
就職は絶対地元でする、ここでは絶対就職しない、と誓っていました。

それから4年、誓い通り地元で就職し、新たな家で一人暮らし

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