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朝電話でそう言った

ハムスターが死んだ。朝電話で母がそう言った。
今日の朝起きてみたらもう死んでいた。そういえば最近あまり餌を食べなかったと、母がそう言った。

仕事が終わってからあの子と一緒に母の家に行く。車の中であの子にハムスターが死んでしまったことを伝える。あの子は少し息を呑みそれから「ハムはどんな風に死んでたの?」と言った。

2年前の夏、飼い始めて3ヶ月ほどであの子は喘息様の咳をするようになり、仕方なくわたしはあの子に言い聞かせハムスターを母に預けることにした。「いつかアレルギーが治ったらね。」そう言いながらもう二度とハムスターが家に戻ってくることはないことはわかっていた。夜の闇に膨張した赤信号をぼんやり見つめながら、あのまま家で飼い続けていたらハムスターはもう少し長く生きられたんじゃないかなと思った。多分。
わたしはハムスターが死ぬのを待っていたのかもしれない。嫌だな、と思った。こうして時々わたしは自分のことが許せなくなる。

ハムスターはケージの中で静かに丸くなっていた。そっと手のひらにすくい上げた体はまだ十分やわらかくしなやかで温かみさえあるような気がした。ケージの前には香炉が置かれ線香のたかれた後があった。少しだけ開かれた目から黒い瞳がのぞかれ、その瞳の下すぐの毛に光る水のようなものがついていた。涙かな。そう思った。そんなに長く乾かない涙なんてあるはずもないのに。

わたしは白いハムスターを手のひらに乗せたまま庭へ出るとフェンス際のクレマチスの根元に穴を掘ってそっと土の上へおろし、それから上にたっぷりの土をかぶせた。芝生の中にそこだけ黒々とした土が盛り上がり、その真ん中にわたしとあの子は線香をさし手を合わせた。

動物が死んだときはこういう風に言うんだよ「にょとういるいとんしょうぼだいなむあみだぶつなむあみだぶつ」昔知り合いの住職の奥様に教えてもらった。それをあの子に教える。あの子はなんだかうまく言えず、にょごにょご言っていた。

「さようなら遊んでくれてありがとう」わたしがそう言うと「ねぇ、ハムはどこ?」とあの子がきいた。「この下」わたしが指差すとあの子がその黒い土の表面をまるでハムスターの白い毛をなでるようにそっとなでた。


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