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【ショートショート】鏡の中の本音

「よし。こんなところかな?」

髪をとかし終わり、鏡を見つめながら優子は言った。

今日は苦手な数学から一日がスタートだ。ため息が漏れそうになるのをこらえて、鏡に向かってにっこり笑った。

毎朝毎晩見る自分の部屋のこの鏡は、優子にとって大切なものだ。丸くて上の方にティアラみたいな飾りがついていて、キラキラしている。これはなんと、小学生の頃にお小遣いを貯めて買ったのだった。

「行ってきます!」

そう言うと、優子は学校に向かって歩き出した。

*****

「おはよう!」

学校に着くと、蓉子が真っ先に声をかけてきた。

蓉子は中学生の頃からの大親友だ。

普段から、波風が立たないことを第一に考えて行動する優子と、自分の意見を堂々と言い、活発な蓉子。一見正反対の二人は、推しのアイドルが一緒で意気投合し、それがきっかけで大の仲良しになった。今では、なんでも話せるソウルメイトのような存在だ。

「今日の数学、課題が出るらしいよ。3組の子が言ってた」

蓉子の言葉に、優子は思わず顔を曇らせた。

「え~?また?」

今日も遅くまで勉強しなければならないことは必至だ。

「でも、S大に行くんだから、数学もがんばらないとだめじゃん」

蓉子の言葉に、力なく頷く。

「そうだよね、一緒にS大に行くんだもんね…」

二人は高校2年生。夏も間近で、そろそろ志望校を決めて勉強する時期に入る。

中学生の頃から同じ学校の二人。いつも二人で、「大学も一緒に行こう」と言っていた。
ただ、その事で優子には最近悩みがあった。

二人で目指すことになっているS大は、地元の国立大学。
ここに受かれば、就職は間違いないと言われている。

でも…
一日が終わり、進路のことに思いを巡らせながら、重い足で帰路につく。


優子は、自分の部屋の壁の本棚一面に並んだ文学全集を横目に、ベッドの上に鞄を置いた。優子は、文学が大好きだ。でも、S大には文学部が無い。

ドレッサーの椅子に腰を下ろすと、鏡を見ながら問いかける。

「私、それでいいの?」

次の瞬間、優子はギョッとした。
なんと、顔に

『よくない』

という字が浮き出たのだ。

「えっ?ウソ、何これ?!」
ゴシゴシこするが取れない。軽くパニックになり、洗面所へ走った。
洗面所の鏡を見ても、顔は元通りだ。

恐る恐る、もう一度自分の部屋の鏡を見る。
…顔には何も映っていない。

別の質問をしてみることにした。
「私は、林君のことが好き?」
「林君」とは、優子が密かに想っている男子生徒だ。
鏡には、

『すき』

という文字が映った。

「これって…」
鏡には優子の本音が映るようになっていたのだ。

数日間色々な質問を繰り返した。
そしてある朝。
制服に着替えた優子は、意を決して鏡に向かった。
唾をごくりと飲み込む。

「私は、W大に行きたい。」
W大は、文学部が伝統的に有名な、都市部の私大だ。


…鏡の中の優子の顔には、もう何の文字も映っていない。
それを見ると、優子は学校に向かって走り出した。

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