山口由人

19歳。Twitter @Yfree14

山口由人

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マガジン

  • アショカ・ユースベンチャラー活動ブログ

    • 34本

    「これはおかしい」「これを変えたい」心の違和感や気づきを行動に移し、小さくても社会に変化を起こしていく。アショカ・ジャパンでは、そんな若者チェンジメーカーを「ユースベンチャラー」として認定し、彼ら・彼女らが失敗を恐れず活動を進められる環境を一年提供しています。このマガジンでは、ユースベンチャラー本人が、活動や気づきについて、自分の言葉で綴ります。 過去アーカイブ記事:https://medium.com/ashoka-japan アショカ・ユースベンチャーについて:https://bit.ly/AshokaJapanYouthVenture

  • 南十字星の下に

最近の記事

民間外交の主人公は誰なのか

今年の春休み。新たにバングラデシュ、台湾に訪問した。これは人生35カ国目の訪問国だ。振り返ると今年度は、人生で初めてマレーシア(3回)、ベトナム(4回)、インド(2回/1ヶ月)、インドネシア(2回/1.1ヶ月)、シンガポール、モルディブ、スリランカにも訪問できた。それぞれ、多くの方のおかげで自身の事業での連携や現地アテンドが出来るほど深い関係を築くことが出来ている。また毎回泊まらせて頂くメンバーの親御さんには感謝しかない。 とりわけ私の銀行口座からお金はとことん無くなったが

    • 青年Yの考察

      二人のコメント 「君は興味関心が広すぎるんだよ。次から次にやりたい事が生まれてる。何か一つに専念して、一貫性を出してほしい。」 「君は視野が狭くて一点突破してる感じだけど、そこが良いから残りの人生で応援するよ」 この二つの青年Yに与えられたメンターからのコメントは文脈的に矛盾を抱くかもしれないが、どちらも事理明白に「自分自身の目標や価値に基づいた選択と深化を行うことの重要性を強調」している。この点を踏まえると、青年Yが直面しているのは、多岐にわたる興味と一点に集中すること

      • 株式会社Emunitas資金調達に際して

        資金調達はしたといえど、お金はとことん限られているので、頂いた大切な資金を糧に次に向けて謙虚に自身がやるべきことを驀進するまでだ。 今回の調達は、長年お世話になっている方や事業領域に精通されている素晴らしい投資家の皆さんにご出資、応援して頂けたことに大きな感謝と価値を抱いている。 まさかSustainable Gameの代表を退く時には、新しい会社をこうして立ち上げている姿は想像出来なかった。将来の夢、キャリアプランと、何かと目標をつくることは勿論大事だとは思いますが、そ

        • 旅の備忘録・インド前編(コルカタ)

          ようやく旅の備忘録もインドに追いついてきた。 インドを訪れた背景としては、チェンナイにいる現地のビジネスパートナーとの商談。そして、できれば現地起業家コミュニティーと接触し、共に動けるパートナーを見つけることが目的としてあった。 しかし僕が「インド」と聞いて僕の頭に最初に思い浮かんだのは、ガンジス川と死を待つ人々の家だったので、目的地に向かう前に、そのまま勢いで「コルカタ」に行くと決めた。 1690年、イギリス東インド会社の商館が置かれ、ベンガル地方支配の拠点だったカル

        民間外交の主人公は誰なのか

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        • 南十字星の下に
          1本

        記事

          旅の備忘録:シンガポール

          インドネシアを去ると、次はインドへ向かう。 あいにく前の飛行機の遅延によってインド行きの飛行機に間に合わず、慌ててチケットを切り替えるハプニングなどもあった。その流れで、予定にはなかったがシンガポール滞在が決まったのだった。それはさておき、シンガポールについて少しだけ感じたことを残しておく。 基本、空港から出られていないので「空港敷地内」のシンガポールについて少し書いてみる。そもそもシンガポールへのイメージは、マレーシアのカンファレンスなどでお会いした学生起業家から「私の

          旅の備忘録:シンガポール

          南十字星の下に (一)

          私はこの本の筆者のひ孫に当たる人間である、お会いしたこともない先祖が後世に何を残したかったのか、自分を知るための第一歩。以下、故人山口賢郎が昭和38年に記した手記「南十字星の下に」より一部を記載する。 ____________________________🌱________________ はじめに  昭和38年と云えば戦争後、既に17年を経ている。丁度其の頃の私の勤務状態に自由時間が充分にあった為か、沸々として湧き出したのが戦時中のインドネシアでの生活の思い出であった。そ

          南十字星の下に (一)

          旅の備忘録1:インドネシア・ジャカルタ

          7月にEmunitasを創業して、メンバーの持つネットワークと彼らの口から語られるこれらの国のポテンシャルに魅了されて、インドとインドネシアに拠点を持つことを決めた。右も左も分からなかったが、この国と正面から向き合わなければ何も始まらないことは分かっていた。弊社のある投資家から指摘された「自分が助けたい人にただ寄付を施しているみたいな感じにならないように」という言葉を抱えてそのまま飛行機に乗った。 8/7-8/12インドネシア・ジャカルタ 私の曽祖父は東条英樹から「石油戦

          旅の備忘録1:インドネシア・ジャカルタ

          【サスゲ時代に向き合ったメンバー離脱との向き合い方と気づき】

          サスゲ時代に常に一貫して取り組んでいる上で衝突したのは、メンバーの離脱や資金繰りの問題である。様々な事情でメンバーが抜けていく現状、お金がとにかく足りない問題、それらに対処するのが私の責任だと考えていた。 そのため、私は抜けそうなメンバーがいた場合、それが自分の姿勢や態度に非があったのか、メンバーと組織のミスマッチ(活動時間が合わない、やりたいことが違ったetc)なのか、ゆっくりと相手に耳を傾けながら考えるように徹底した。前者の場合、間違えを認めて素直に謝る。そしてどのよう

          【サスゲ時代に向き合ったメンバー離脱との向き合い方と気づき】

          高校卒業・大学入学・新会社設立について

          こんにちは!無事に聖学院高校を卒業し、4月からは大分県別府にある立命館アジア太平洋大学サステナビリティ観光学部に進学しています。中高時代に立ち上げた一般社団法人Sustainable Game(SG)は川村賢人が代表理事となり、今月から私が理事として参画しました。今後、さらに未成年へと継承を続けていく中で、継承者側の責任やリスクの分散等々を目的に、より一層、共にSGが目指す世界づくりに貢献していきます。そして、SGの「愛を持って社会に突っ込め」という理念を引き継ぎながら、7月

          高校卒業・大学入学・新会社設立について

          空と向き合えなくて

          「そんなんじゃ人生が世田谷の円の中だけで終わっちゃうよ」私は幼いとき、同い歳の従姉妹にそう言い放ったらしい。 数ヶ月前、「これだ!」と決めたら、無意識にいろんなものを一緒に背負い込んで、海でも、山でも越えていき、そこにいる生活者と、できるかぎり自分の耳と目を近づけて会話をしていた。  なぜか学校に行けない。しまいに親に携帯の契約を止められかけて、泣きじゃくりながらリストカットして、でも小さな生き物を守るために必死になって声を上げる優しいあなた。  入管の独房に閉じ込めら

          空と向き合えなくて

          Sustainable Gameの代表を退任します。これからも与えられた使命を貫きます。

          6月をもって正式に一般社団法人Sustainable Gameの代表理事を退任します。法人化する前、活動を始めたのが中2の終わり頃なので、約5年間つとめました。後任の代表理事は川村賢人です。本人が就任にあたってブログを書いていますので、こちらからお読みください。 自分にとって大事なものを受け取り、手放し、託すこと。 高校生最後の誕生日前、私は文字通り「18歳定年」のちょっと変わった法人を手放し、託す決断をしました。そして同じタイミングで、次期代表の賢人は「受け取る」決断を

          Sustainable Gameの代表を退任します。これからも与えられた使命を貫きます。

          日本の未成年を取り巻く環境と歴史-あたらしい未成年とは?-

          こんにちは。高校3年生の山口由人と申します。日々の隙間時間を使いながら未成年について探究してみました。よろしければご笑覧ください。こどもの日に一緒にこども(未成年)について考えてみませんか? 改めて「未成年」の定義について考える  「未成年」は英語に訳すと「minor」である事は多くの方がご存じだと思いますが「minor」と聞いて「minority」と語源が同じなのでは?と思った事がある方も少なくないかと思います。実際、どちらもラテン語の「minor」が語源と関連している

          日本の未成年を取り巻く環境と歴史-あたらしい未成年とは?-

          “やさしさ”や“違和感”のアーカイブと向き合ってみた話

          最近はとてつもなく忙しい、自分でそういうのもなんなのだが物理的に見てもスケジュール帳にわざわざ「休む!」「ダッシュ移動」という枠を作るぐらい隙間がほとんどないのだから忙しいといっても良いのかもしれない。だが、「忙しい」という言葉によって何かを置き去りにしたり、時務から逃避する行為は嫌いだ。ただのワガママなのだが自分の正義はなかなか曲げない頑固な側面も兼ね備えている私は自分でもめんどくさい人間だと思っている。そして何より退屈な状態が嫌いだ。そんな私にとって忙しい状態が生まれる事

          “やさしさ”や“違和感”のアーカイブと向き合ってみた話

          夏の夜、絵具の水入れに雨水を溜めて。

          二学期が始まり、半年ぶりに最終下校時刻まで学校に残っていた。入学当初から変わらない低音のアメージンググレースが今日はまるで僕らの深いため息をこだまさせているように聞こえた。僕はそんな校舎の音色を背に校門からふと見上げる大きな空が大好きだ。「まだあの色だ、」小走りで学校から駅までの坂を駆け下りた。 運良く電車に駆け込めれば最寄駅まではあっという間。駅を出ると頭上に広がる淡い瑠璃色の空を背景に薄橙色や桃色で輝く雲の美しさは、まさに低音のアメージンググレースのようだった。このビル

          夏の夜、絵具の水入れに雨水を溜めて。

          コロナ時代に長崎に1人で飛んでみて学んだこと

          中3。コロナ時代に長崎に1人で飛んでみて学んだこと 「生き方の問い」を作る旅 in 長崎 私は今、機内の全てのサービスが停止、全員がマスクをつけ、CAはゴム手袋を装着、厳しい検疫(行きは緩かった…)によってコロナへの厳戒態勢体制を強いられている空の上でこの文章を書き始めました。 いつも上空から思うのですが、狭いエリアの中に無数の光の点が溢れ、混在する。そんな世界に自分は生きているんだなぁと。 でも、その点の中に入ると自分と同じ人間が話をしていたり、コーヒーを飲んだり、ぼ

          コロナ時代に長崎に1人で飛んでみて学んだこと