退職勧奨

Rが笑っている
WはRについていく
部屋に通された
Rは一枚の紙を示した、シフト表だった
五人入っていたところが二人になっている
コロナ禍のせいだ

Rは笑っていない
低い声で、ゆっくり
「周二日、一日四時間になるよ」
と言った

Rは笑い
Wの年齢をたずねる
実家の場所をたずねる
将来をたずねる
Wは答える
「29歳です」
「千葉です」
「それは、わかりません」
Rは笑う

「それでいいので、入れてください」
とWが言うと
Rから笑みが消えた

知らない男に着替えを覗かれた女のように、RをキモいとWは感じた
RはWの年齢、実家の場所、将来を聞き、経済の理論で組み合わせ、Wの将来を想像し、笑みで表現した
見下した笑みではない
経済の理論と同化できた喜びの笑みだ

そもそも昨年末に会社の体制が変わってから、Wが担当していた仕事が大幅に減少していた
RがWを切りたがっていると、Wはうわさで聞いた
直接言われたことはない

Wは部屋を出て、帰る準備をした、事務所にいた社員にまとめてあいさつをし、ビルを抜け、駅に向かった
電車の、ドア際に凭れて、窓の外を眺めながら、冷たくなった心が内蔵に触れてできた火傷に、苦しめられていた
自宅に帰り、シャワーを浴び、電灯を消し、布団に潜っても、火傷の疼きは止んでくれなかった

辞めてくれ、と言われた方がせいせいする
と布団の中で、Wは思う
いっそ解雇してほしい
誰かの口から発せられた、責任という響きを感じてみたい
笑みから退職勧奨を読み取るのは嫌なんだ

コロナ禍に便乗した人員整理
経済の理論からこぼれ落ちる人もいるのだろう
布団ごしに、Wは言いたい
Rさん、労働者の人生に責任を感じてください、そして引き受けて、言葉にしてください
無言のまま促すのは卑怯です

Wは笑う
ああ、災厄をきっかけに降って来た権力行使の機会に
無数の権力者たちが戸惑っているのが分かる
権力のけの字も知らない権力者たち
手にしたそれがなんなのか、分からずに隠してみたり、振ってみたり、投げつけてみたりしている

権力とは抽象化の力です、個性を奪う、冷たい力です
反対側に詩があります
微妙な揺らぎを言葉に含ませようとする努力です

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