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地下アイドルの暇な一週間


 ライブもないし、イベントもないし、先一週間予定がなかった。アンチにディスられたせいで鬱で、出かける気も起きなかったので、出かけるにしても近所のコンビニか百均か、ぐらいでそれ以外はずっと家にいた。2021年夏の、23歳の一週間だった。
 私は一応アイドルだ。かわいい衣装を着て、かわいい、かわいいってオタクから言われて、歌って踊ってたまにTVにも出ているのだから、客観的に見てみてアイドルだ。だけど私ってアイドル? なのだろうかとたまに、いや頻繁に思う。私自身で私をアイドルだって、自信を持って規定することが難しい。
 最初の一日目の朝、服も下着も全部脱いで、素っぴんで、姿見の前に立ち私を見た。冴えないスタイルの女の子がそこにいた。なで肩で、おっぱい小さいし、脚短いし、太腿太いし、浅黒かった。XVIDEOで見たAV女優の裸の方が綺麗だった。私がもし、AVに出たとしても人気は出ないだろうなと思った。右手を男の手だと思って、頭からゆっくり触って行った。おでこから滑り落ちて、首を伝って胸を掴んだ。わしゃわしゃと揉んでから、陰毛を掻き分けて、太腿を撫でた。パパ、と声が漏れた。私に本当に愛をくれたのは、パパ、とママだけです。男が若い女に飢えていることは知っていたから、こんな私にも需要があるということは分かっていた。でなければアイドルになろうなんて思っていない。
 私はブス、とよくネットに書き込まれる。そんなこと重々承知だから、て自分を慰める。いちいち気にしなくていいよと、ファンは言うけれども頭に飛び込んで来た言葉は、怪我と同じで放置したとしても痛みは消えないのだ。ふざけるな、て正義感を滾らせてアンチと戦ったこともあったけれど、次から次へと湧いて来るので、今では都合の良いサンドバックだ。もう戦えない。
 一週間の始まりは、最低の気分だった。こんな気分の時は何をしようとも思えない。YouTubeを見ても、Netflixを見ても精神薬と同じで一時的に気が紛れるだけで、私の現実を何も変えてくれないことが分かっているから見たくない。いっそのこと死んでしまいたいとすら思う。だから私は、時々死の演技をする。枕に顔を押し付けて、視覚を殺し頭の中を暗闇で満たし、頭の中から全てを追い出そうとする。死を私に訪れさせようとする。あくまでも演技であって、本当に死ぬ勇気は、何故か私にはない。死の、完全な解放に食らいつこうとして、枕に押し付けているだけだ。私の気持ちとは裏腹に健康な身体は問題なく生きているので、頭の方に向かって、追い出したはずの全てが次第に戻ってくる。雑念の中から欲望が芽を出し、開花し私は全くためにならないって知っているインターネットを開き、暇をつぶすことになる。死の演技はいつも十分ともたない。
 何かやらなければならないことがある気がしつつも、無駄に時間を費やしたりしていると日付の感覚を失う。欲望だけに目を泳がせ、身体を動かし続けていた。朝を失い、夜に絶望した。夜にしか、絶望と共にしか生きられなくなって行く。様々なことを考える。
 街を歩けば若い恋人が、身を寄せ合って歩いている。平凡な男と平凡な女。最近はコロナウイルス感染症対策のせいでみんなマスクをしているから、似た化粧、よくある髪型ばかりの若者たちの見分けはよりつかなくなっている。取り繕ったフェイクが意味なくなるぐらいにまじまじと見れば、ブスばかりのくせに。ちょっとかわいくたって、心にどれほどの魅力があるのか。羨むほどの快楽が、恋人の間にあるとは思えない。私だって特別な存在じゃないのに、世間を見下してばかりいる。世界から価値を発見できない。つまらない男の子たちが、つまらない格好して、つまらない見栄を張っている。平凡な私のましな未来は、平凡な男と結婚して、死ぬことばかりでいっぱいな孤独の絶望から、何もない平凡な家族へ逃れることなのだろう。さあ頑張ろう、とはならない。ここよりましである、ことは分かるのだけど、必死で這い上がろうと思えない。そこまでしなければならないほどの魅力を感じないから。こうやってうだうだと、無駄に時間を潰しながらあっという間に歳を取るのだ。まだ何も経験していない内から、絶望している。
 オナニーだってする。身体で心を騙すのだ。指でクリトリスをゆっくりと撫で回し、中指を膣に挿入し、時間をかけて刺激する。頭の中は男の子の裸でいっぱいだ。アイドルみたいなかわいい顔した男の子たち。見えないナイフで、ぱっくりと引き裂いてみたら、つまらない彼の毎日が俯瞰されるだけだけど、妄想の中でなら関係ない。見えないナイフとは、私の視線のことであり、相手の視線と交差した時にだけ、引き裂く刃を持つのだ。妄想の男の子たちと視線が交差することはない。
 妄想が妄想を生み、その妄想によってまた妄想が生まれ……。私の中指の動きは、妄想の生成リズムと完全に一致している。中指から生まれる快楽は、視線の交差することのない男の子たちによるもので、私に一切触れることなく、私の中指を使って私を絶頂へ連れて行く。オナニーが終わってしまえば、私の現実とは関係することなく男の子たちは去ってしまう。残された私は、奇妙に満足した気持ちで、一人ベットに残されている。
 何もかもが独りよがりで、始めから終わりまで何も私と関係しないし、終わってしまえば何も残らず、成し得たことはシーツを湿らせたぐらいだ。オナニーでいつもそのようにして、私は私を消費する。オナニーは無駄の最たるものであると思うのに繰り返すのは、私の暇を埋め尽くす全ての無駄の中で最も満足を得られるからである。性的な誤魔化ししか、私という人間の下らなさを隠せるものはないのだ。
 私の暇な一週間は私の現実を欲望と身体の淫らなダンスの下に敷き粉々にした。私の現実とは無関係なもの、映画や漫画やYouTube、妄想と妄想と妄想が蹂躙した。私はただ、私の部屋から移動せず時間を失い、全ての無駄のためにのたうつだけだった。一週間が終わろうとしていた。
 日曜から始まる、ツアーのリハーサルのための連絡がマネージャーから届いた。それに関連して、グループのリーダーが電話をくれた。私は直前まで眠っていたので、喉が起きていなくて酷い声をしていた。リーダーは私を心配してくれていたのだ、私が落ち込んでいたことを知っていたから。彼女の気遣いは有り難かった、リーダーは本当に優しい人だ。私の心はこんなに簡単にほだされる。私は依存体質のビッチでもあるのだ。
 私にとってアイドルはただのアルバイトである。それも、とても不安定なバイトで、間違っても定年が七十歳までありはしない。夢や希望の詰まった仕事ではなく、とても長い映画である。観終わってしまった後残されるのは、私の身体一つであり、成し得ることといえば、シートを湿らせるぐらいだろう。悲観的過ぎるかもしれないけど、私はそう思っている。私の将来は間違いなく孤独である。
 明日から始まるリハーサルのために、失った時間を取り戻さなければならない。朝を生き、夜に死ななければならない。誰だってそうだろうけど、私だって本当は夢を抱き夢に生きたい。こんな面倒臭い性格、クソな人生嫌なんだ。リハーサルは、午前十時からのようだ。

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