最近の記事

仮面舞踏会

 城は、まるで閉ざされた箱庭。外界から完全に分断された、自由のない世界。リアルな外の世界を一切知ることができないまま17年。王族に生まれたことを後悔するのにも飽きた。そんな窮屈な世界で唯一の娯楽が、仮面舞踏会だ。15歳になると参加できるようになるそれは、自分の立場や身分を忘れ国から解放される時間でもある。  仮面舞踏会はその名の通り、仮面をつけて参加する舞踏会である。相手の素性を知ることは許されない。国も、立場も、年齢も、ひとつでも話してしまうと、もう参加することはできなくな

    • 2輪の花

      「誰も知らない秘密、教えようか」  好きな人が訳ありげな表情で僕を見た。毎年神社の境内で開かれる、小さなお祭り。石段に腰を掛け2人きり。黒いTシャツと金色の髪のコントラストを効かせた汐里。彼女と僕の間を埋めていた屋台のざわつきが、一瞬捌けた気がした。 「……え」 そして、2輪の花が散った。  4人でお祭りに行こう。そう言い出したのは汐里だった。好きな人からの誘い。胸が踊らないはずがない。何を着ていこう、浴衣で来るのかな、距離が縮まったりするのかな。その日が来るまで、時間がた

      • 図書館

        図書館が大好きです。日々の喧騒から離れて、落ち着けるから。 初めて会ったあの日を、忘れられない。 正確には、見ただけだけれど。 白い肌と、細い身体。特にこだわりもなさそうな、無難な服装も。セットもされていない前髪からチラチラと覗く眠そうな目も。繊細そうな指先も。動きひとつですら、目を離すことが出来なかった。 その日は暑い夏の日だった。夏休みも終盤に差し掛かり、心なしか外で遊ぶ子供の数が減っているようだった。小学生の頃の夏休みの宿題は、めまいがしそうなほど多かった記憶しか

        • 花火

           手を繋いで近所のコンビニまで歩いた。ひとつ売れ残ったチキンと、ジュースは1本ずつ。無言で手を繋ぎ歩くと、家まではあっという間だ。チキンを半分ずつ食べて夜通し愛し合った後、東の空が明るくなってから抱き合って寝た。  夜、花火大会に行こうね。そう話したのも忘れ、目を覚ますと日が沈んでいた。辺りは暗くはないものの、夏の日の長さを考えると花火はもうすぐ上がるだろう。今年は花火を諦めるしかないか、と肩を落とした。 「何言ってんの、行くよ」 と君。 「嘘でしょ、本気?」 と私。  

        仮面舞踏会

          海の心

           満天の星空と、一定のリズムで鳴る海。人の気配すらないこの場所は、いつからかサヤカのお気に入りになっていた。家族も友達も知らない、邪魔されたくない時間。普段人と接するのがあまり得意でないサヤカにとって、誰にも会わない真夜中に海を眺めて波音を聞くことは唯一の心を落ち着かせることのできる時間だ。  この日もいつものように、サンダルをぺたぺた鳴らしながらサヤカがやってきた。Tシャツにショートパンツ。手ぶらで携帯すら持たず、さっきまで眠っていたかのように髪の毛もボサボサだ。足場の悪い

          海の心

          25

          「人は赤い服を着てる人に惹かれやすいんだって」  左手で長い髪を耳にかける、君のその仕草が好きだった。 「僕は赤い服を着る勇気なんてないな」 「私もない」 「赤い服をよく着る人は、自分に自信があるらしいよ」  君は緑のワンピース。僕は緑のズボン。だからきっと僕達には恋人がいないんだね、なんて笑い合った昼下がりの喫茶店。どこか寂しさを宿しているように見える君の笑顔。僕の笑顔は、君にどう写っているのだろうか。同じように、寂しさを宿しているのだろうか。  君の寂しさや僕の寂しさに気

          水曜日の昼間

           水曜日の昼間。がら空きの電車。田圃がいくつも通り過ぎて行くのを眺めながら、またやってしまったと思った。  少し開けられた窓から吹き込む風が、肩にかかった長い髪を吹き飛ばした。リボンやスカートも大きく揺れている。今の時代電車の窓は開かないものが多いと聞くのに、この線路を走るのは未だにほとんどが窓が開く古い型の電車だ。  長いトンネルを抜けると景色は田圃から海に変わり、枯れ色の草と錆び付いたガードレールがしきりにその景色を邪魔している。  アナウンスがかかり、電車が停車した。ロ

          水曜日の昼間