見出し画像

“生きづらさ”はHIPHOPが救ってくれた

みなさんは今まで“生きづらい”と感じたことはないだろうか?
私は24年間ずっと感じてきた。


“生きづらい”の最初の記憶は、幼稚園の頃だ。当時通っていた中国の幼稚園でのこと。(中国人の母親にとって、身内のいない日本での育児は大変だったようで、生後9ヶ月~4歳まで中国の祖母の家で過ごした。)日本語もろくに喋れないのに、入園当初から「日本人」というレッテルを貼られ、意味不明な待遇を受けていた。物珍しさで隣接する小学校の先生が、お昼寝の時間に私とお喋りをしに、部屋に忍び込んできて寝させてもらえなかったり。列に割り込んできた子じゃなくて、日本人だからという理由で私が怒られたり。他のみんなと何も違わないのに、どうして自分だけ違う扱いをされるのか理解できなかった。

日本へ帰国し、小学校に上がると、今度は自分の体型に“生きづらさ”を感じた。よく食べる子どもだったため、客観的に見てもぽっちゃり体型だった。そうなると、当然デリカシーマイナス1000の小学生男子から直接、あるいは陰口で心無い言葉をかけられる。
「デブのくせに調子乗んな」「ダイエットしろよ」
「〇〇がお前のことデブって言ってたぞ」
世界一どうでもいい報告だ。
そうして、運動会の司会をするような女の子は、教室の隅で絵を描くような女の子になった。なるべく目立たず、男子と話すことがないように。大分ましにはなったが、今でもヒソヒソと話している声が聞こえると、自分のことを言われている気がして気になってしまう。


中学校・高校に上がると、女性であることに“生きづらさ”を感じるようになった。登下校の際に、スカートの中を盗撮しようとする男性に出会ったり。部室の女子更衣室にカメラが仕込まれていたり。同じ点数なのに女性という理由で、不合格にされたり。男性だったらする必要のない心配と屈辱を女性は何倍も味わっている。何も悪いことしていないのに、声上げる方がむしろその後の人生が不利になる。この世は理不尽だ。

そんな“生きづらさ”を抱えたまま、気づけば私は大学生になっていた。別に普段の生活に支障はない。ただ心の奥でひっそりと“生きづらさ”が居座っている感じ。そんな私に“生きやすさ”を与えてくれたのがHIPHOPだ。あるとき、たまたまYouTubeのおすすめに出てきた曲を聴いたことが、HIPHOPとの出会いだった。

2WIN/Pain Away
はじめて聴いたのがこの一曲。
これほどまでに偽りのない音楽があることに衝撃を受けた。
自分の人生を曝け出せる強さと
アイデンティティを誇りに思っている感じが刺さった。

Awich/どれにしようかな
こちらも私に勇気を与えてくれる一曲。
男性優位の社会で女性が自ら選び取る、
そんな風に気高く強く生きていいんだ、と背中を押してくれる。

HIPHOPを生業としている人たちは、みんなどこか“生きづらさ”というものを経験しており、それが楽曲に反映されている。ちょうど私のように“生きづらさ”で自分の世界が狭まっている人へのエールだと感じている。ある種、救いのようなもの。この5年間、自分を鼓舞するときや上手くいかないとき、いろんな場面で私の心を支えてくれた。HIPHOPのある時代に生まれて、そして出会えてよかったと心底実感している。まだまだ私の人生はこれから、HIPHOPと共に強気で生きて行こう。

まだまだ紹介したい楽曲があるが、それはまた次の機会に。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?