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正欲

読みました。

多様性

多様性をテーマにした小説ということで結構話題になっていた作品です。それなりに多様性の一員をやってきた者としては、「この程度で揺らいでくれるなよマジョリティさんよぉ」とか「自分のセックスを話せない程度で何をぴーぴー言ってるんだ?」みたいなことは思わなくはなかったです。それと、三人称視点なのを良いことに誤用っていうか新しい使い方の「性癖」を合法的に垂れ流し続けたのは頭が良すぎですね。絶対に許さないぞ。こっちだって自分の「性癖(元来の意味)」で人生難儀してるんです。横から言葉を奪っていくんじゃありません

健常者

「こいつら全員健常者だな???」というのは読んでいてずっと思っていました

とはいえこれは仕方ないのことです。人類の大半は健常者であるため、そうでない人をフィクションで出すのなら理由が必要になります。そして、すでにセクシャリティな意味での多様性にフォーカスしているところに非健常者、発達障害の多様性を盛り込んだら取っ散らかってしまいます。そこは理解しつつも、健常者だからこんなしょーもないことを悩んでいるんだろうなという感想は常にありました。

作中の多様性サイドの登場人物から共通して「自然体で社会に馴染めない」という不満が読み取れます。辛かろうとは思いますが、発達障害の傾向があるものとしては「社会に馴染む」ということは、現状を分析して、知恵を絞って、工夫を重ね、試行錯誤をしていく不断の努力の先にあるものです。そしてこれは、自然体で馴染んでいるように見える人達も大なり小なり何かしらの馴染むための努力や積み重ねがあるのだと思っています。

社会

このNoteを書いている人は、発達障害の傾向がある他にも、趣味で異性装をして過去の交際相手も同性が大半と、性愛の領域でもまあまあそこそこの多様性サイドです。それで社会を生きてきて何か困ったことがあったかと言えば、実のところ特に何も困ったことはありません。ちゃんとした服装をしないといけない場面では戸籍の性別に合わせたちゃんとした服装をすれば良いだけの話ですし、(内縁関係や婚約が成立する場合は例外として)成人同士がどう交際しようと「公」は関知しないので好きにやれば良いのです。トランスジェンダーでたびたび問題となるトイレ問題も、男性用小便器という人権無視器具を現代的感覚の下で否定すれば設備は男女で同じです。警備員が来たときに身分証を見せて丸く収まる方へ入れば良いのです。

社会生活を営むにあたって社会から求められるプロトコルに応じることはそんなに難しいことでしょうか

ここまで踏み込むと流石に現代的価値観からすると言い過ぎのような気もしますし、社会から求められるプロトコルにどうやっても対応できない場合というのも存在します。例えば2024年の今の日本では、同じ性別の他人同士が対等な関係で家族となることは不可能です(非対称な関係で良ければ養子縁組があります)。そこをカバーするような仕組みはあっても良いと思います。ただ、そういうのと比較すると、「雑談で自分の下事情を開陳して、こちらにも同じことを迫ってきてだるい」だの「自分達用の『ラブホテル』がない」だの、いや流石に君達大人なんだよね????

私だって、うどんかそばならきしめんですが、きしめん出してくれる店は全然ないですが????

不都合な真実

とここまでは否定的に書いていますが、『パーティー』の末路は多様性を描く物語として無視できないテーマに誠実に向き合ったと思います。

他人から理解されない『性癖』の持ち主同士が、お互いの『性癖』を満たすための映像を撮影する相互互助のグループである『パーティー』は、実在児童を被写体とする児童ポルノという言い訳不可能な違法映像を所持していた罪で全員逮捕されてしまいます。

多様性を包摂しようとする営みはすべてここ、加害性がある多様性に行きつきます。これをちゃんと描いているのはとても好感です。

小説

純粋に小説として見ると、かなりエンタメしていて楽しかったです。登場人物の中で最も多様性から遠い寺井啓喜が、どのように真実にたどり着いてしまうのか、とてもわくわくして読んでいました。読み味としてはミステリが近いのでしょうか。(あれ? ミステリってそれで良かったですよね?)

作中の人物には水が大好きな人が何人か出てきます。ここはちょっとわからなくもないです。水が大好きにも色々なものが出てきましたが、私の場合はです。作者の朝井リョウの出身地が岐阜県不破郡垂井町と聞いて(近隣県在住というのもありますが)「あ、不破の滝のところじゃん」となるぐらいには滝が好きです。タイトル画像は自ら撮影した不破の滝の写真です。全体はこの通りです。

不破の滝(2020/11/04撮影)

良い滝で好きな滝なんですが、どこがどう良くてどう好きなのかと問われると、正確に言語化できる自信はちょっとないですし、それをさらに他人に説明して相違なく理解してもらおうなんて考えたら途方もない話です。これは作中の人物達の『性癖』に関する「孤独」に通ずるものがあります。私自身はこの孤独はわりと平気なのですが、一般にはそうではないような感じがあります。

まとめ

斜に構えた当事者からすると気に食わない部分が無い訳ではなかったですが、性愛領域における多様性の入門には悪くない分かりやすい内容で、押さえるべきポイントはしっかり押さえ、その上でエンタメもちゃんと成立させています

ここから「良い作品です」と繋げようとしたのですが、「良い作品です」と言うには新しい使い方『性癖』を困難の象徴に仕立て上げたのが看過し難いです

その言葉はもっと広い範囲の困難のための言葉です。

と言うことで、この本を読んだ後にはちゃんとした辞書で「性癖」を引いた後に次の本を読んでください。

(別にこれじゃなくても良いですけど、パッと思いついた「性癖(元来の意味)」による困難がよくわかる本がこれでした)

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