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「場への信頼」とケア|いちばんすきな花

ドラマ「いちばんすきな花」にハマっている。昨年のヒットドラマ「silent」の制作チームが手がけるドラマということで放映前からかなり期待していたが、予想を超えて心に刺さる作品だった。

見ていない人のために簡単にあらすじを書くと、このドラマは4人の男女による群像劇であり、「友情」がテーマになっている。職業も背景も異なる4人は偶然出会うことになるのだが、奇しくも共通して「二人組」への苦手意識を持っていた。要は、自分を偽らず、社会のレッテルからも逃れて他者と親密な関係を築くことができないという点で、4人は同じ問題を抱えていたのだ。松下洸平さん演じる椿の自宅のテーブルを囲んで話す中で、思いがけずその共通点があらわになり、4人の中に深い共感が生まれていく。そしていつしか、椿の家は4人にとって心の拠り所になっていくのだった…。

多部未華子さん・松下洸平さん・今田美桜さん・神尾楓珠さんというメインキャストの豪華さはもちろんのこと、周辺の人物や各話のゲスト出演者の配役も抜かりなく、キャスティングの観点でも申し分ない作品だと思う。小気味良い会話やモチーフの使い方など、人物たちの心情を丁寧に映し出す表現もさすがsilentチームといったところ。藤井風が歌う主題歌も、劇中のメッセージを彼なりに汲み取った素晴らしい楽曲に仕上がっている。

個人的に一番胸を打たれるのは、地上波の人気枠で、実にケアな風景が描かれていることだ。特に毎話繰り広げられる椿の家での対話は、まさに当事者研究やオープンダイアログを彷彿とさせる。他者を介した自己の問い直し・語り直しによって、4人が自分の言葉を取り戻していく様子に毎回目頭が熱くなる。

社会の中で上手く生きるには、少なからず「いちばんすきな花」を手放す必要があると、僕らは思い込まされている。大して好きでもない花を好きだと自分に言い聞かせ、大して好きでもない人たちに手渡すことが、大人になるということだと。

何もかもが見えすぎる時代だから、いっそうそんなふうに思ってしまうのかもしれない。スマホやPCを開けば、そこに映るのはすべて他人の暮らしと価値観だ。そして衆人環視の社会は、自己の内面にも無数の防犯カメラを設置する。他者から見える自分を絶えずコントロールしながら、浅薄な会話に合わせて他人のご機嫌を取らなければ、途端に孤立してしまう。「永続孤独社会」という衝撃的なタイトルの新書もあったが、あながち嘘ではないと思う。孤独に陥るリスクを負うくらいなら、好きでもない花を携えて他人に手渡してやり過ごすほうが、明らかにコスパが良い。

つまり、自分らしく誰かと生きることが困難な時代であり、その難しさに「いちばん好きな花」は果敢に挑んでいるように思う。そして矛盾するようだが、自分らしさを取り戻すためにも、やはり他者が必要なのだ。しかし、ここでいう他者を1対1の関係だけに収斂しなかったことが、このドラマの肝といえる。もちろん自身以外の3人への個別の信頼関係は描かれるが、4人が集まる場への信頼が、個々への信頼に先立っている。

前述の当事者研究やオープンダイアログといった精神医療における対話実践は、まさに場への信頼から成り立つ営みである。どちらもカウンセリングのように1対1で向き合うものではなく、前者は困難を抱える複数の当事者が、後者ではチームとしての医師と患者本人およびその関係者が対話のテーブルにつく。そこに共通するのは、研究の姿勢だ。自己の困難を他者と研究するプロセスそのものが、一つの治癒として機能する。特にオープンダイアログでは、対話は治療の手段ではなく、それ自体が目的に据えられる。治療は対話の結果なされる"副産物"と捉えられており、対話の場への信頼がなければそもそも成り立たない手法といえる。ドラマでも、本題ではない雑談の中で各自が気づきを得るという、オープンダイアログを地でいくようなシーンが繰り返し描かれる。

生活の中で見失った「いちばんすきな花」を取り戻す作業を、仲間と共に研究すること。その副産物として立ち現れる本来の自己と友情。ドラマ「いちばんすきな花」は、友情という捉えどころのない親密な関係を、情動の論理(ある種の矛盾を含んだ言い方だが)ではなく研究の論理で紐解いているところに価値があり、自分らしさと対人関係に悩む現代の人びとにとっての処方箋になり得る作品だと思う。


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