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アンフォールドザワールド

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アンフォールドザワールド 1

 1 窮屈な世の中だとか生きづらいだとか人は言うけれど、そんなこと私には全然関係ない。だって、昨日なんて消えてしまったようなものだし、明日はまだ生まれていないし、私は今ここに立っている。  なんてことを、動物園の芝生広場で語っていたら、ほのかが首を傾げる。 「それはきずなちゃんが強いからだよー。ほのかはー、だれか支えてくれる人がいてほしいなあー」  ほのかはちょっとだけ口を尖らせて、甘えるように私のことを見上げる。それからすぐに、手鏡に目線を落として、立ったままグロスを塗り

アンフォールドザワールド 2

2 私たち三人は、黒いなにかが走り去った後の芝生広場を、呆然と見つめていた。 「今のはなんだったの?」  芝生に座り込んだまま、ほのかが私とちかこを見上げる。マスクをしたままだったことに気づいたのか、それをアゴの位置にずらす。 「てゆうか、キリン!」 「あっ! って、ええっ?」  慌てて振り返ると、園路を挟んだ向こう側にいるキリンの夫婦は、なにごともなかったかのように木の葉を喰んでいた。 「なんともなっていないようですね。キリンの腹部は」  恐る恐る、園路を横切ってキリンの柵

アンフォールドザワールド 3

3 家に帰って、なにごともなかったかのように夕飯を食べた。テレビでは、近々オープンする複合商業施設に市民の期待が高まっている、とかなんとか言っていた。ゆっくりとお風呂に入り、上がって髪を乾かし、自室のベッドの上に座ってしばらくぼんやりとしていた。  普通ではありえないことが、たくさん起こった一日だった。キリンの腹から出てきた化物も、イチゴとかいうキラキラ男子も、全て夢だったのではないか、とさえ思う。  身体がざわざわする。自分の内側に生えた小さな芽が、私自身をくすぐっている

アンフォールドザワールド 4

4 なにが起こったのか理解できず、私は部屋のドアの前に立ち尽くしていた。 「うわっ?」  玄関から父の声がする。我に返り、自分の部屋を出る。母も父の声を聞いたのか、リビングから廊下に出てくる。 「おかえりなさい、あなた。どうしたの?」 「今、足元をなにかがすり抜けていったぞ。動物みたいな……」 「やだ。きずな、捨て猫でも拾ってきたんじゃないでしょうね」 「ひ、拾ってきてないよ!」 「ネズミかなあ。それにしてはかなりでかかったけど」  私は父の横をすり抜け、マンションの共用廊下

アンフォールドザワールド 5

5 中学校の校舎と運動場のあいだには、背の低い植え込みがあり、剪定されたばかりなのか丁寧に四角く整えられている。その一部分、ちょうど二年一組の真下あたりで、植え込みの枝はいくつも折れ、葉は散って、大きなくぼみができていた。 「人間が一人、落ちたようなくぼみですね。まるで」 「怖いこと言うなよ、ちかこ」  私は校舎を見上げる。三階の窓のほとんど全てが開いている。ちかこは私の後ろで、カメラを回すべきかどうか悩んでいるようだった。 「植え込みの下に、穴が開いていませんか」 「うそだ

アンフォールドザワールド 6

6 一時間目の授業中だというのに、私たちは放送室に呼び出されていた。放送部顧問の本城先生は、私とちかこのことを疑いの目で見ている。 「なあ三好、本当のことを教えて欲しいと言っているんだ」 「だからあ、なんどもゆったじゃないすか。ほのかが三階の窓から落ちたんじゃないかと思って、校庭を見に行ったら、水色の髪で銀色の服を着た男子が穴の中に落っこちてたんですよ」 「警察に捜索願が出されたんだぞ。仲谷は昨晩、自宅に戻ってない。三好の言っていることを信じていいのか? 結城」 「そうですね

アンフォールドザワールド 7

7 ほのかが戻ってこないことは心配だった。だけど、だれかに連れ去られたところを見たわけでもないし、ふらりと興味を惹かれる方へ行ってしまっただけで、またすぐに戻ってくるんじゃないか、なんて思っていた。先生たちもどこかしら楽観的というか、最悪の事態を想定することを避けているように見える。 「大人たちからは、思春期女子にありがちな家出や夜遊びの類だと思われていますね。おそらく」 「ほのかもわりと、そういうところがあるからなあ」 「ほのか先輩が家出をするように見えますか?」 「親に反

アンフォールドザワールド 8

8「え、イチゴじゃないの?」 「うん、イチゴ・クラウドイーターは俺の兄ちゃん。あれ、弟だったかな。まあどっちでもいいけど」  膝にくっついていた米粒を拾って口に入れてから、フータ・クラウドイーターと名乗った男は立ち上がる。私よりも十五センチくらいは背が高い。細身の体型で、さっき十トントラックを持ち上げたとはとても思えない。そもそもどんなに筋肉質でも、普通の人間はトラックを背負ってジャンプしたりはしない。 「さっきからこっちを狙ってるそれ、なんなの? えーっと、ちかこちゃん」

アンフォールドザワールド 9

9 夕方の緑道は、買い物帰りの主婦や、遊びに行く子供がたまに通る程度で、人の姿は少ない。  ほのかは既にナニガシにやられているかも知れない。ミッチ・クラウドイーターはそう言い残して、霧のように姿を消した。 「やられているってなんだよ。どういう……」 「許せません、ミッチ・クラウドイーター」  SDカードを抜き取られたカメラを握りしめ、ちかこは怒りに震えていた。 「そんな、ほのかになにかあったって決まったわけじゃ……」 「撮影したデータを奪われました。ようやく、決定的瞬間が撮れ

アンフォールドザワールド 10

10  川沿いのオープンカフェに風が吹き込んでくる。海が近いせいか、かすかに磯の香りがする。イチゴは手付かずだったオレンジジュースを一口飲んで、酸っぱかったのか、少しだけ眉をひそめる。 「きずな先輩」 「え?」 「交渉をしてください」  同じテーブルに座るちかこに、軽く脛を蹴飛ばされる。 「あっ、そうか。えーっと、イチゴ!」 「うん」 「あんたとナニガシが映っているこの動画を削除して欲しいんだったら、ほのかを返せ! それからいま、私たちのまわりでなにが起こっているのか、ちゃ

アンフォールドザワールド 11

11  私に殴り倒され、オープンカフェのテーブル席に倒れこんだイチゴを、周囲の客は見て見ぬふりをしていた。 「すみません、当店での撮影はご遠慮ください」 「ああ、すみませんでした」  カフェの店内から慌てて出てきた店員に対し、ちかこは素直に謝罪し、カメラをトートバッグにしまう。一人でも目立つ服装のクラウドイーターが三人も揃っているし、ちかこはカメラを構えているしで、なにかのコスプレ撮影とでも思われたのだろう。 「イチゴが動かなくなったな。リブートを待つのもめんどうだし置い

アンフォールドザワールド 12

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アンフォールドザワールド 13

13  リバーサイドモール三階のフロアで、私たちはナニガシと対峙していた。エレベーターのそばに積まれた床材の後ろに潜んでいるが、軽自動車ほどもある黒い体を完全に隠しきれてはいない。 「きずな先輩、背中がガラ空きです」 「お、おう」  私はちかこの真似をして、太い柱に背中を寄せ、ナニガシの様子を窺う。  ノートに貼られたシールは、白くなっていたのがまた赤く戻り、白抜きの模様が現れる。気のせいか、さっきとは違う文字に見える。 「この記号のようなものは、残り弾数を表示しているので

アンフォールドザワールド 14

14  ミッチの撃った弾が足に当たり、ほのかを抱えたままのナニガシが体勢を崩す。続けてもう一発、肩を撃つ。それとほぼ同時に、フータがほのかを奪い返す。 「ほのかちゃん、だっかーん!」  ほのかを抱きかかえ、フータが私のそばに戻ってくる。リバーサイドモールの建物が、今にも倒壊するのではないかというほどに、揺れ続けている。 「フータ、三人を連れて外に出ろ!」  ミッチが私たちの方を振り返った瞬間、ナニガシがエレベーターのドアから四足歩行で這い出てくる。  ドオン!  ちかこのカメ