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旅好きな人の性格と遺伝子

人は変化を求めて旅に出る

観光心理学では、新しい刺激や変化に対しての欲求が、人々を観光へとかりたてる根源的な要因だと考えられてきました。佐々木(2007)も、人が、楽しみを目的とした観光旅行に出る理由は、日常の生活状況では満たされない「快」欲求を、日常生活圏外での新奇な経験によって満たそうとするためだと述べています。

では、どのくらいの距離を移動すると、人は変化や新奇性を感じることができるのでしょうか。日常生活圏の範囲をどう捉えるかは、議論が分かれるところですが、ここでは、アメリカ旅行業協会の旅行者の定義を参考にしたいと思います。

旅行者とは、家から50マイル(≒80キロ)以上離れた場所に行き1泊以上の宿泊をする人(TIA, 2005)

大阪-姫路間、東京-箱根間が直線距離にしておよそ80キロに相当します。大抵の人は、それくらいの距離を移動すれば、車窓に映る景色にも目新しさを感じることが出来て、日常を脱した感覚を得られるのではないでしょうか。

旅が好きな人にとっては、慣れ親しんだ生活環境を離れ、新鮮で目新しい環境に行くことが「快」だから、観光旅行に出掛けるとも言えるでしょう。しかし、目新しい環境が誰にとっても「快」となるかと言うと、そうではありません。新しい環境を快と感じる人もいれば、よく知る慣れ親しんだ生活環境でこそ居心地の良さを感じる人もいるのです。

人には誰しも最適な覚醒水準がある

80キロ移動したことによる環境の変化を「快」と感じる人もいれば、それが「快」とはならない人もいるのです。なぜなら、人にはそれぞれ最適な覚醒水準(脳が快感と感じる興奮のレベル)があるからです。個人は、最適な覚醒水準を維持するために、状況や活動を常に調整しています(Ellis, 1973)。高い覚醒水準が最適な人にとっては、より強い刺激(冒険的で、新奇的で、不確実性が高いこと)が必要となり、低い覚醒水準が最適な人は、そのような刺激を避ける傾向にあります。

このような個人差は、個人のパーソナリティ(性格特性)によるところが大きいと考えられます。一般に、外向性が高い人は、刺激に対して鈍感であり、逆に外向性が低い(内向性が高い)人は、刺激に対して敏感であることが知られています。外向性が高い人は、刺激によって引き起こされる大脳皮質の覚醒が遅かったり、すぐに落ち着いたりするのですが、内向性が高い人は、少しの刺激で覚醒しやすいのです。外向性と関連する性格特性として、これまで刺激希求性(Sensation Seeking)や新奇性追求(Novelty Seeking)といった傾向についての研究が行われてきました。

ツッカーマンの刺激希求性

Zuckerman(1979)は、刺激希求性を、次のように定義しています。

変化に富み、新奇的で、複合的な感覚や経験に対しての欲求であり、また、そのような経験のためならば、身体的なリスクや社会的なリスクをいとわない性格特性

彼が作成したSensation-Seeking Scale(SSS)という刺激希求性尺度は、15以上の言語に翻訳され、TAS(スリルと冒険への欲求)、ES(新しい経験への欲求)、Dis(社会的抑制からの解放欲求)、BS(退屈の感じやすさ)の4因子構造が確認されています(Zuckerman,1994)。そして、尺度の得点が高い人(刺激希求性が高い人)は、スピード感のある乗り物や危険なスポーツが好きであること、飲酒や薬物摂取との関係や、外向性との相関も認められています。

観光心理学の研究では、刺激希求性の程度が、目的地の選好や旅行先での活動内容にも影響を及ぼすことが報告されています(Lee & Crompton, 1992; Pizam, Reichel, & Uriely, 2002; 八城・小口,2003)。Pizamら(2002)は、SSS得点が高い人は、独自に計画を立てる、未知の土地に旅行することを好む、旅先では危険なスポーツに挑戦するという傾向がある一方で、SSS得点が低い人は、パッケージ旅行に参加する、旅行中は快適な環境を好む、文化遺産や自然のある土地への訪問を好む傾向があることを報告しています。

クロニンジャーの新奇性追求

Cloningerのパーソナリティ理論では、遺伝性の4つの気質と、環境性の3つの性格が想定されています。Cloninger ら(1993)によって開発されたTemperament and Character Inventory(TCI)というパーソナリティ質問紙では、新奇性追求、損害回避、報酬依存、固執の気質4次元と、自己志向、協調、自己超越の性格3次元の尺度が含まれています(日本語版は木島ら(1996)が作成)。

クロニンジャーの新奇性追求とは、探求心、衝動性、浪費性、無秩序さといった因子から成ることからも、ツッカーマンの刺激希求性と同じような特性です。クロニンジャーは、新奇性追求と脳内に存在する神経伝達物質の一つであるドーパミンとの関連を想定していました。そして、ドーパミン受容体D4遺伝子(DRD4)との関連がEbsteinら(‎1996)や Benjaminら(1996)によって発見されました。しかし、その後の研究ではドーパミン受容体D4遺伝子と新奇性追求との関連を支持しない結果も報告されています(木島, 2000)

この遺伝子は、塩基配列の繰り返しの回数が多い人ほど、新奇性追求の傾向が強いとされてます。このことから、繰り返し回数が7回であるDRD4-7R遺伝子はワンダーラスト(放浪癖)遺伝子とも呼ばれています。繰り返し回数には人種差があるようで、DRD4-7R遺伝子を持つ人の割合は、欧米や南米で高く、日本では繰り返しの回数が4回であるDRD4-4R遺伝子を持つ人の割合が高いことがChenら(1999)によって報告されています。なお、DRD4-7R遺伝子は、ADHD(注意欠陥多動性障害)の関連因子であることや、長寿や浮気との関係があることでも知られています。