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& episode 017

19時。表参道にて。

土砂降りの中、僕が待ち合わせたのは「りん」だった。

夏の展示会に向けて準備を進める傍ら、久しぶり食事をすることにした。

21時過ぎに、遅れてくにちゃんも同席する予定だ。

りんはメニューを見ながら、くに子さんが好きな料理は外しておきましょうと言った。

真鯛のカルパッチョと本日のおすすめのタコのアヒージョ、焼きたてのバゲッドにポーリッシュベーコンの生パスタ辛味トマトソース仕立てをオーダーした。

乾杯には、イタリア北部で作られた食前酒のスパークリングワインで。

「くに子さん、今日遅いんですか?」

「ああ、9時過ぎになるって言ってたよ」

「それでも、早い方ですよね」

「そうだね」

グラスを置き料理を取り分けながら、りんがあることを話題にした。

「煮込み料理。あるじゃないですか?」

「うん?」

「これまで『煮込み』って、女性が落としたい男性の胃袋を掴む方法の定番だったんです」

「そうなんだ!」

「それが、最近、男性が煮込み料理で女性を誘うんですって!」

「煮込みで男子が?!どんな男(やつら)が?笑」

「しっかりと仕事していて、プライベートも充実してるハイキャリアの人たちです。婚活女性からは、大人気なタイプの男性陣ですね・笑」

「どんな女性を口説くときに使うの?」

「くに子さんみたいに、魅力的なバリキャリを口説くときに使うそうですよ」

「なるほど・笑」

僕は、くにちゃんを思い浮かべた。

確かに、彼女が今、婚活をしていたら、「料理を作ってくれ」とせがむ男性より、彼女の胃袋を満たしてくれる人を選ぶかもしれない。

「くにちゃんも、きっとそういう男性の方が好きだろうね」

ポーリッシュベーコンを口にしながら、僕はこう続けた。

「家事をすることが、女性らしさではなくなってきているのかもしれないね。」

「まだ、マジョリティではないでしょうけど」

「そうだね。ただ、僕もくにちゃんのなにに惹かれたかって、僕の近くでお手伝いさんみたいになることじゃなくて、彼女がぐんぐんと羽を広げる姿だなって思う」

「理想的なコメントですね」

「男性も2極化しているよね。稼ぐから身の回りの世話をしてくれ。という古来のタイプと、お互い支え合っていこう!と共働きを推進するタイプ。僕らは、後者だと思ってる」

「身の回りの世話、してくれること期待しないんですか?」

僕は南仏の赤ワインを追加でオーダーした。

「くにちゃんに会わなければ、僕も古来のタイプだったかもしれないな。と思うときはあるよ。」

りんが興味津々で僕の次の言葉を待つ。

「僕はりんに対しても思っているんだけど。真摯に、ひたむきに仕事してる女性って、美しいなって僕は感じるんだ。お世話係りにしておくのは、もったいないなって気持ちになる」

りんが、ワインのコルクを抜いた。

「なるほど、そう見えるんですね」

ありがとう。素直に嬉しい!と気持ちをワインをグラスで満たして表現してくれた。りんが小さくガッツポーズをし、笑顔で肩を揺らす。

その瞬間、僕はハッとする。

そう!この表情!

彼女たちはこうやって気持ちに寄り添ってあげるとキラリと光る表情をする。

その表情は、高校時代、大学受験でクラスの男友達より高いハードルを越えようと覚悟を決めた彼女たちのストーリーの続きを見たい。応援したい。そんな気持ちを湧かせる。

彼女たちの笑顔を見ていると、僕が建築家を目指すと進路を決めたあの日の教室の風景が重なる。

覚悟を決めたもの同士の結束ってやつなのかもしれない。

凛々しい。というのは、きっとこういう表情を言うんだ。と、僕は30を前に改めて想った。


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