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階の十 「印度の井戸から」

印度の井戸から子どもが這い上がる
聖なる穢れた水の流れを胎として
かつてふた親が危めた者の血を継ぎ
束ねられた因果を精として
小粒のチョコ菓子のように生まれてくる

「わたしはお前が燃やした柊の枯れ葉だよ」
「わたしはお前が聞き逃した土鳩の13番めの鳴き声だよ」
「わたしはお前が自転車に乗っていたから通れなかった道の先だよ」
「わたしはお前が…」

役に立たない白い柵を乗り越えて
濡れた脚でペタペタと乾かない足跡をつけて
子どもたちは世界へ拡がる 地表面を埋め尽くすように

滞留していた君の枕元が 積み重なるにつれて 
子どもの目玉は増えていく 
飽くなき君の中傷が 精度をましていくにつれて
子どもの乳歯は尖りゆく 

使い途のない宵の口で 足留めを食らう旅人は
演劇でもないそんな見世物を目の当たりにし
貝類でもない軽食を口にし
刑務でもない作業を黙々とこなしたあとは
ただひとりで 
日記帳に今日起こらなかったことを書き留め
ただひとりで
腐った水で喉を潤し
絵にもならない笑みを浮かべ
ひとりの子どもと手を結んだ

「お前はわたしが振らなかった鈴の音かい」
「わたしはお前が振らなかった鈴の音だよ」
「そしてわたしはお前の声を拾わなかった耳だ」
「そしてわたしもお前の耳に届かなかった声だ」

ついてくるのか それともついていくのか
いずれにせよ しばしの間 すれ違おうか
十年と 十月と 十日の想い出を 寄り添わせるために


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