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階の二 「蝸牛クレム」

劇場の入口を抜けたら
巨大な蝸牛がいた

名はクレム
道を修めるもの

無数の金色のピンを刺された
鈍い灰白色の殻を負い
行道を食み進めるもの

クレムの這いずった跡は天の川よりも光り輝き
彼が這い回らなかった部分の道は
夜空より黒く染まってしまう

まるで足の踏み場もない底抜けの暗闇

クレムは自分の足跡を辿られることは気にも留めないが
自分の足跡を横切られることを大いに嫌う

触覚を顰めて その巨体を戦慄かせたあと
みずからの殻に閉じこもるだろう

その時がチャンスだ

君は螺旋の頂から降ってもよいし
麓から登り始めてもよい

右回りか 左回りかを決めて
始めさえすればよい

螺旋の山の中腹で
君はある人とすれ違う

騙し絵のように
君の大切な人とよく似た人のすがた

片目を閉じて
振り返ってもよいが

鼻が利くなら
湿った巻き貝の臭いがするだろう

耳の内から君を擽る
無音の声が

登りか降りか
右か左か
光か闇か
訊ねてくることだろう

好きに答えてみるとよい
クレムは「どちらでもよい」と言うだろう

(わたしが彼であれば 解を返すことなどありえないが)

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