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あなたを想うと、甘くて苦い

毎年バレンタインデーがくると、あげる人もいないのにそわそわしている私。最近甘いものを食べたい欲求が沸くことが多くて、今年は自分のためにちょっといいチョコを買いました。金色と茶色リボンで結ばれた小さな箱の中には艶を帯びたかわいらしいチョコレート。行儀よく並んでいた一つをつまんで口の中でゆっくりと溶かしながら、思い出すことがあります。

商業高校に通っていたのですが、その9割8分が女子。ほぼ女子高ですね。水泳部だったのですけど、毎年夏休みになると、学校で合宿が3日ほどありました。ハードなメニューをこなして、へとへとになりながら、夜はみんなでご飯を作って過ごす楽しい三日間。なんせ女同士のせいで、お風呂もみんなでガヤガヤ大騒ぎ。後輩はやたらとシャワーでちょっかいをかけてきたり、「先輩の布団で寝かせてくださいよー」と隣に転がり込んできたりしていました。私はさほど気にせず後輩たちと3日間過ごしていたのですけど、最後の日、その中の一人に呼び出されたのです。何かと考えながらその場所まで行くと後輩が待っていて、少し黙ったあと「好きです」と告白をされたのです。
私は最初冗談だと思って笑っていたけど、黙ってうつむいている彼女を見た時に、ああ、本気だと。なんか雰囲気でわかるじゃないですか。そういうのって。

当時私は周りに内緒で付き合っている彼がいました。今でこそジェンダー論が堂々と語られているけど、当時はどこか色眼鏡で見てしまう私がいました。まさかそういうことに巡り合うなんて思いもしていないから、その場ではどうしていいかわかりませんでした。「あの…」となにも言えずに私が戸惑っていると、彼女は申し訳なさそうに笑いながら「スイマセン」と小さく頭を下げて走り去っていきました。

夏休みが終わったと同時に、彼女は退部届をだしてやめてしまいました。学年ごとに校舎が違うせいで、顔を合わせることが殆どなく、集団の朝礼などで体育館に集まっても、遠くから顔を見かけるくらいで、言葉を交わすことはありませんでした。

卒業を控えた3年の2月14日。友達同士でチョコレートの受け渡しをしたり、違う高校にいる男の子に告白を兼ねてチョコレートを渡しに行くため、友達と作戦を練る団体がいたりと、その日の教室は独特な熱気に包まれていました。私は彼に渡すチョコレートを鞄に忍ばせ帰り支度をしていると、突然教室の横の廊下から、以前私を好きだと言ってくれた後輩が私を呼ぶのです。

少々ドキドキしながら呼ばれるまま教室を出ると、後輩は小さな茶色の紙袋を持って立っていました。彼女はうっすらと柔らかい笑顔で「あの時はすみませんでした。これ。」とその紙袋を私に手渡して、自分の教室へ帰っていきました。
私は結局あの夏と同じように「あの…」しか言えませんでした。そして3月1日の卒業式まで彼女に会うことはなく、それきりになりました。

こうして書くことをしていなければ、ひょっとしたら一生言わなかったことかもしれませんが。なんとなく打ち明けてしまいました。

彼女に応えられなかったあの頃の自分。いまならもう少し、気の利いた言葉を返すことができるかもしれない。いや、できないか。


幸せに暮らしていることを願って、もう一つ口に含む。

この時期がくると思い出す、甘くて少し苦い思い出です。

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読んでいただきありがとうございました。これをご縁に、あなたのところへも逢いに行きたいです。導かれるように。