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馬にみておれ

【登場人物:遊馬(33) 競馬歴5年】
彼はいつも孤独だった。

うだつが上がらない日々。頑固で嘘がつけない性格で、周囲に同調できずにいた。

ウマニミテオレ09

5年前、仕事で理不尽な理由で上司と揉め、ムシャクシャして立ち寄った浅草の飲み屋で、たまたま隣に座っていたおっさんが見ていた競馬新聞に書かれた馬名に目が留まる。

ウマニミテオレ」。
(なんだよその名前…そんなの付けられて可哀想に。)
そう思いつつ気になって目が離せずにいると、新聞の持ち主であるおっさんが気が付いて、
「あんちゃん、競馬やるのかい?」
と声を掛けてきた。
「いや、その『ウマニミテオレ』って名前がね…」
「ああ、こいつは来ねえよ。気性が悪くてゲートも下手くそ。こいつは駄目だ。」
なぜかその時、遊馬は先ほどの上司とのやり取りとシンクロさせてしまい「そんなのやってみねえと分からねえじゃねえか!」
と思わず口をついて出てしまった。

それがおっさんの勘に触ったのか、
「ほう…ならあんちゃん、有り金こいつにぶっこんで見せてくれよ。」
と血走った目でそそのかされた。

遊馬は程よく酔いも回っていた頃で勢いに任せ、
「じゃあ1万。俺は買い方知らねえから、おっさん買ってきてくれ。」
と財布から1万円札を取り出しテーブルに叩きつけた。
「へへ。後で皿洗いでもして帰れよあんちゃん。」
おっさんはニヤニヤしながらカウンターに置いてあるマークシートに手際よく赤ペンでマークをつけ、歩いてすぐの場外馬券売り場へと向かった。

マスターがそのやりとりをみて、「お客さん、無茶したねえ…」と笑った。

「ウマニミテオレ」は18頭中の8番人気。単勝オッズ88.2倍。1着になれば1万円が88万2千円になる計算だ。圧倒的な一番人気の競走馬をテレビで観ながら遊馬は少し後悔したが、あとには引けなかった。

程なくして、おっさんが馬券を持って帰ってきた。
おっさんの手には、遊馬が頼んだ「ウマニミテオレ」の馬券の他に、圧倒的1番人気の馬名と単勝に1万円と書かれた馬券が握られていた。
単勝オッズ1.8倍。1万円で1万8千円の払い戻しだ。
「こいつに飲み代稼いでもらうよ。」
おっさんは余裕の笑みを浮かべてビールを飲んだ。

ウマニミテオレ01

出走のファンファーレが響き、競走馬たちは次々とゲートに入っていく。

ゲート完了の赤ランプが点灯し、ゲートは一斉に開かれた。

ウマニミテオレ10

「ウマニミテオレ」はおっさんの予言通り、一瞬立ち上がるようにして出遅れ、後方からのスタートとなった。
「ほーらあんちゃん見てみろー言わんこっちゃない。」
おっさんはニヤニヤしながら遊馬の顔をみた。
(何がウマニミテオレだ。変なのに捕まっちまった…)心のなかでぼやきながらも遊馬はレースを見守る。1番人気の馬は2番手。絶好の位置。

しかし、向こう正面に差し掛かったところで、馬群の外側から何かが動いているのが見えた。

「え…」

おっさんの顔色が少し変わったのを遊馬は見逃さなかった。ざわつく周囲の声、「ウマニミテオレ」は次々と前方にいた馬を追い抜いていく。遊馬は思わず席から立ちあがった。
最後のコーナーを回り一番人気の馬はトップ、「ウマニミテオレ」は5番手で直線に入る。前方の馬がスタミナを失い少しずつ距離が縮まっていくのと逆行して、一足ごとに伸び一番人気の馬と馬体を併せていく。

「…うそだろ…」
遊馬は身体中に流れる血が頭に上る瞬間を感じていた。

2頭、ムチの叩きあいで最後の100mを切った。

「そのままだー!!」おっさんが叫ぶ。
「行け…行けーー!!やっちまえー!」遊馬も負けじと叫ぶ。

脳裏には上司をにらみつける遊馬自身を思い描いていた。

一足ごとに大きなストライドを描き、「ウマニミテオレ」は飛ぶように走る。

そして
頭一つ前に出た瞬間、ゴール板を疾走していく「ウマニミテオレ」がいた。

ウマニミテオレ11

一瞬の静寂。
おっさんと遊馬はポカンと互いの馬券を手に持ったまま立ちすくんでいた。

「やった…やったよ…やりやがった!!ウマニミテオレだ!どうだおっさん見たか!」
遊馬はおっさんの両肩を掴んで揺さぶった。
「うるっせえよ!ビギナーズラックってやつだろ!おい!あんちゃん!俺が買ってきてやったんだから飲み代奢れよ!」
親父は鬱陶しそうにしながらも笑っていた。
「おう!勝利の美酒だ!」
遊馬はおっさんと共に払い戻し機へ行き、一万円と飲み代を手渡した。

「競馬に絶対はないからな。」
おっさんは抑えで買っていた複勝を払い戻しながら、達観したような顔で言ったが、悔しさは隠せなかった。
遊馬は電気ブランを頼み、ガリと共に飲み干した。電撃のように走り抜けた「ウマニミテオレ」のゴールシーンを回顧しながら空になったコップの底を眺め、沸き立つ喜びが抑えきれず、見ず知らずの隣の客に酒を奢り続けた。

ウマニミテオレ03

それが遊馬とウマニミテオレの出会いだった。それ以降、遊馬は競馬の魅力に憑りつかれていった。パチンコにも麻雀にもない、躍動感と命の輝きを見たような気がした。

会社では相変わらず周囲に溶け込めず、繁忙期は馬車馬のように働く日々だったが、週末の競馬があれば、苦にはならなかった。上司に嫌味を言われても、あのとき「ウマニミテオレ」が見せてくれた逆転劇を思い出し、自分を奮い立たせていた。

しかし、「ウマニミテオレ」はその後戦績が振るわず、次第に誰も見向きもしなくなっていく。

「劣化」「気性が悪い」「安定しない」

レースに出走する度に発せられるパドック解説者の言葉が嫌味のように遊馬の耳にこびりつく。

遊馬は無意識のうちに、「ウマニミテオレ」と自身が歩んできた人生とシンクロさせていた。

必ず誰かが上にいる。

やってもやっても最後に追い抜かれ、成果が出ずにもがく日々。
相変わらず上司の嫌味は収まらない。

スタートが下手でいつも出遅れる。戦績も人気もズルズル下がっていく。それでも遊馬はそのひたむきな走りを追いかけ、次こそはと馬券を買い続けた。

場外馬券売り場で聞こえてくる評価。
「終わってるでしょ?」
「消しの一頭でしょ?」
そんな声を耳にしながら、遊馬はたまらずマークシートと赤ペンを持って外に出た。

自動販売機の裏で遊馬は思う。
何度も裏切られてきた。
馬を励ましているつもりが、そのひたむきな走りにいつも励まされている。

遊馬にとって、ウマニミテオレは「天馬」なのだ。

(俺は信じている。次こそやってくれると。)

ウマニミテオレ07

ウマニミテオレ02


遊馬はウマニミテオレの馬番号「1」を力を込めて塗りつぶしたマークシートを持って、券売機へ急いだ。


(馬にみておれ-Fin-)



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