長い石段を上り切ったところで歴史ボランティアガイドにつかまる

以前、静岡の久能山東照宮を訪れたとき、歴史ボランティアガイドの人につかまった。
日光の東照宮は後から建てられたもので、家康の墓があるのはここ静岡の東照宮の方だとその人は言った。
駿府は家康の居城だったから当然といえば当然かもしれない。
その家康の廟の裏手に愛馬の墓があり、木製の墓標が立っているのが気になったので近寄った。
墓標の文字を解読していると、横に立っていたそのボランティアの方から話しかけられ、結果、20分ほどその年配の男性の話を傾聴することになったのだが、思いのほか面白かった。
彼はひたすらに歴史が好きだった。
上から自慢するように語るのではなく、一つ質問すると早口でひたすらに答えを返してくる。
こちらの知識が圧倒的に不足していてとんちんかんなこと言っても、怒るでもなく馬鹿にするでもなく、むしろこちらの機嫌を損ねないようやんわり訂正しつつ話を続けた。
その様子を見ていて、ああこれは自分だと思った。
あたりの柔らかさは真似できないにしても、好きな話になると早口になり、相手の知識レベルお構いなしに情報を詰め込んでくるところが。
一言でいうと彼は興奮したオタクだった。
歴代将軍が奉納した品々の話や、彼らの廟が移された話とか、周囲を囲う石の手すりが一つの石からくり抜かれて作られていることなどを延々と話していた。
その日、参拝者もまばらで相手がいなかったのかもしれない。
本当にひたすら話していた。
話したいことが、話す速度を追い越す結果、滑舌が怪しくなる。
最初こそ丁寧にゆっくり話していたが、途中からしばしば舌がもつれていた。
その様子は、オタクの証明として必要十分ではないか、と失礼なことを考えながら話を聞いていた。
年齢から考えて、SNSなどはやっていないのかもしれない。
もしそうならば、ネット上には同じレベルで、同じ熱量で話し合える人がたくさんいるのに、と思った。
しばしば、好きすぎる人同士はこだわりがぶつかりあい仲良くなれないが、それも含めて刺激がある。
当たりの柔らかいこの人ならば楽しめるにちがいない。

最近、父がなくなったのだけれど、そういえば父は昔、飛行機の模型などを数ヶ月かけて作っていた。
エンジニアだったので物を作るのが好きだったのだ、とふとした瞬間に思い出した。
退職してから父はずっと暇そうだったから、ドラゴンクエストビルダーズやマインクラフトを教えてあげたらプレイしたかもしれない。
仕事がなくなってから、いや、会社で仕事をしている時から、しがらみと惰性で過ごしていたように見えた。
管理職になってしまって、苦手だったであろう人付き合いや会議や書類仕事をし続けて、何かを失ってしまったように見えた。
仕事とはそういうものだ、とも思うので、特別にかわいそうだとかそういうことではない。
ただ、せっかく退職して年金生活になったのだから、気がついたら時間が過ぎているような、性に合ったことを見つけられればよかったのではないかと思う。
マインクラフトを勧めなかったのは、私と父親との距離が遠く、切り出すきっかけがなかったからだ。
結局のところどうしようもなかったのかもしれない。

ボランティアの方と父について想像したすべては、ほとんどそのまま自分の身に照り返される。
父も私も、社会に馴染むのに努力がいるタイプで、面倒くさがりで、頭でっかちだ。
高圧的に、自慢げに自分が詳しいことを話してくる人間とはできれば関わりたくないが、控えめな態度で自分の好きなことに熱中している人はそれなりに幸せになってほしいし、その一人に自分もなりたいと思う。

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