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祖父の不思議な思い出

祖父は腕利のテーラーだったそうだ。
若くして結核に罹り祖母と三人の子どもを残して旅立った。
旅立つ時にまだ幼さの残る母の夢枕に立った祖父。

母から祖父が旅立つ直前に枕元に帰ってきたと聞いたのは小学生の頃だった。
私はその時ありありと祖父の視線を体験した。

玄関の引き戸を開け右手にある黒電話の前を横切り廊下左手の襖を開け仏壇のある部屋に一人寝ている母の姿。
母は小花柄の半袖短パンで枕もガーゼのケットも足蹴にして大の字で眠っている。
そっとガーゼのケットを直す。
すぅっと遠く下の方から黒電話が鳴り響く音と
母の
「お父さん帰ってきた!」
そう叫ぶ声が遠のいていく。

母は祖父が枕元に立ったと言ったが季節の事は一言も口にしていない。
その話しを初めて聞いたのも夏ではなかった。
後に戸籍謄本を集めて祖父の命日は夏だった事を確かめた。

母のパジャマ柄や引き戸に黒電話と部屋の位置など
とうとう母に確認出来ず仕舞いだ。
何故か誰にも言ってはいけないと思った。
この話しも初めてする。


どんなにか心残りだったろう。
祖父の仕立てる背広を見ながら母の話しをしたかった。

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