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学問と実務の狭間への挑戦

ここ数年、勤め先で社内研修を主催しています。「経営学や経済学の理論を、自分の仕事に当てはめたらどうなるか」を考える研修です。

自主ゼミみたいな研修なので、希望する社員の自由参加です。毎年、90分×6回くらいのコースでやっています。それぞれの回には、50〜100人が参加してくれています。

各回の流れは、こんな感じです。

  • 経営学や経済学の代表理論のエッセンスを説明

  • その理論を自社のビジネスに当てはめた具体事例を説明

  • 自社で他にどんな事例に当てはまるかグループディスカッション

  • その理論の仕事での活用する際のポイントを解説


例えば、経営学の場合は、このような研修をやってます。

  • クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」を説明

  • 自社の商品で破壊的イノベーションに負けた事例を、負ける過程の社内状況や他社の動きで説明

  • グループディスカッションで、他に破壊的イノベーションに脅かされている商品がないか議論

  • 最後に、イノベーションのジレンマを乗り越えた事例を紹介して、仕事にどう活かすか解説


この程度の簡素な研修ですが、終了後のアンケートを取ると、嬉しいことに評価が高いのです。でも、研修をスタートとした1年目の時は、受講者の評価が高いのは意外でした。

学者でもない素人が、手作りでやっている自主ゼミのような研修です。本業(経営企画)の片手間でやっていた研修です。

アンケートの集計結果を見ながら、なぜこんな研修が評価してもらえるか疑問に思いました。その理由を探るために、自由記述を分析したり、元々知っている受講者にヒアリングしてみました。

その結果わかったことは、次のことでした。

  • 学問と実務の狭間はかなり深い

  • 自分が勤める会社の事例が、橋渡しの役割を果たした

  • グループディスカッションで、実務での活用を疑似体験できた

これらのポイントには、学問を仕事で役立てるためのヒントがありそうです。そこで、それぞれについて、詳しく書いてみます。

①学問と実務の狭間はかなり深い

経営学や経済学の定番の書籍は、海外の書籍の邦訳が多いです。出てくる会社名や地名に馴染みがありません。

もちろん、日本の研究者が書いた良い書籍はたくさんあります。ただ、プロの研究者でないビジネスマンが知っておくべき定番理論は、やはり海外、とくにアメリカのものが多いのです。

そして、分野によっては、数式だらけ、抽象概念だらけです。数理モデルを作って、logの微分するなんて、大半のビジネスマンは年に1回もやらないです。

本や大学の授業の内容は、日本の普段の仕事で接することと、ギャップがかなりあります。本を読んでも、大学の授業に出ても、それだけでは、なかなか仕事に活かせるイメージは沸きにくいのです。

②自分が勤める会社の事例が、橋渡しの役割を果たした

私の研修は同じ会社に勤める社員が受講者です。聞き手は、自社の事例はある程度イメージできます。下手すると、紹介した事例が聞き手の担当分野で、私より詳しかったりします。

また、聞き手は研究者でも学生でもなく、ビジネスマンです。私の説明には、アカデミズムの正確さは不要です。聞き手が自社事例を通じて、理論の概略を理解できれば、研修の目的は達成なのです。

そして、私の本業は経営企画です。自社の色々なビジネスの話や経営情報が集まってきます。そうした情報に接する時には、
「これは囚人のジレンマだなぁ」
「また破壊的イノベーションにやられてるよ」
「これは当社のダイナミックケイパビリティが上手く働いたんだ」
とか考えながら仕事をしています。

そうした膨大な自社の事例の中から、学問と実務の橋渡しとして最もわかりやすい事例を、研修では紹介していました。

アンケートには、「本で読んだことのある理論でしたが、仕事に結びつくとは考えていませんでした。目から鱗でした。」というような記述もありました。学んだ理論と実務の間に、社内事例が介在することで、受講者は学問を仕事に役立てるイメージを持つことができたのです。

③グループディスカッションで、実務での活用を疑似体験できた

このように自社の事例を使うことで、学んだ学問を仕事に役立てるイメージを受講者に持ってもらうことができました。でも、学問が仕事に役立つイメージを持った段階と、それを実際に仕事で使う段階には、また別のギャップがあります

そのギャップを埋める最短手法は、実戦での試行錯誤です。でも、受講者は研修が終わって職場に戻ると、自分の業務に追われて、最初の試行錯誤すらできなかったりします。

日々の業務の中では、研修で理解した理論を実戦で試行錯誤して、仕事に活かすプロセスが欠落してしまうのです。それでは、いつまで経っても、学問と実践のギャップは埋まりません。

一方、私の研修では、理論と社内事例を説明した直後に、グループディスカッションをやらせてました。これは、私が喋り続けると受講者が飽きるだろうと思って、取り入れたものでした。

ところが、アンケートの自由記事を見ると、グループディスカッションが良かったという声がが多数ありました。グループディスカッションが理論と仕事と関連づける思考訓練になっていたようなのです。

上述の通り、理論を理解した後に実務で使ってみて、試行錯誤する機会が欠落しがちです。でも、グループディスカッションを入れることで、学問を実務で活用する疑似体験までを研修内で行っていたのだと考えられます。

まとめ

経営学や経済学などの学問と、日頃の仕事の実務の間には、大きな狭間があります。多種多様な仕事に対して、学問の仕事の役立て方を一般化して説明することは、かなり困難です。

一方、私の研修は自社の社内研修です。聞き手がイメージしやすい自社事例を使って、学問と仕事の橋渡しができます。さらに、グループディスカッションが、学問を実務に使う擬似体験になっていました。

こうしたことから、聞き手の頭の中で、学問と実務のギャップが埋まり、仕事で役立ちそうなイメージを実感したことで、アンケートの評価が高かったのだろうと思います。

「理論を学ぶ」、「自社の事例で近いものを探す」、「誰かとディスカッションする」。この3点を繰り返し行うことが、学問を仕事で役立てるためのポイントなのでしょう。

偉そうに書きましたが、改めて考えれば、経営大学院(MBAコース)でやるケーススタディの一種なのでしょうね。そう考えると、目新しさはないのかもしれません。

でも、この3点セットは受講者の評判は良かったので、皆さんも試しにやってみてください。

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