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10年前の今日、突然ロシアに行った話。

10年前の今日、の3週間前。

サッカー場のアルバイトの休憩時間にケータイでサッカーニュースを読み漁っていると、マンチェスター・ユナイテッドのサー・アレックス・ファーガソン監督のインタビュー記事を見つけた。

そこには、UEFAチャンピオンズリーグの決勝に進出したら、マンチェスター・ユナイテッドを応援するために、ファンには決勝の地モスクワに集結してほしいといったことが書いてあり、「あなたの力が必要だ」とあった。

記事を読んだ瞬間、「あなた」が「自分」のことだと直感した。そのときほど、直感という言葉をリアルに感じたことは後にも先にもない。

もともとマンチェスター・ユナイテッドのファンだった僕は、毎週末欠かさずユナイテッドの試合を観ていたし、現地で観戦するためにイングランドまでサッカーだけを観に行ったこともある。

考えてみれば、初めてケータイを買った高校生のときから現在までの約15年間、ケータイもスマホも待ち受けの壁紙はマンチェスター・ユナイテッドから一度も変えたことがない。

つまりは、それなりに熱狂的なファンだった。

それでも、チャンピオンズリーグの決勝を現地に観に行くなんて考えたことすらなかった。

そんなことは夢のまた夢だったし、というか、その時点ではまだユナイテッドはバルセロナとの準決勝のセカンドレグを控えていて、決勝進出すら決まっていなかった。

なのに、記事を読んだ数秒後に、なぜか僕は決勝の地・モスクワに行くことを確信していた。

当時は大学3年生。

海外は韓国とイングランドにしか行ったことがなく、ましてやロシアという国にどう行くかもわからなければ、チャンピオンズリーグの決勝チケットなんて手に入れられるはずがない、と思っていた。

だけど、熱狂という言葉が生む行動力はすごい、といま振り返って思う。

ヤフオクで奇跡的にチケットが1枚だけ売られていたのを17万円で即落札し、ギリギリでロシア大使館でビザをとり、世界中からサッカーファンが集まる現地のホテル代の高騰に目をつぶりなから、一気に旅程を整えた。

そして2008年5月21日、ロシア・モスクワで決戦の日を迎えた。

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ヨーロッパの標準時間に合わせるために、ロシア現地では22:45というとんでもない時間のキックオフ。

チャンピオンズリーグのアンセムを生で聞くのも、ユナイテッドのチャンピオンズリーグを現地観戦するのも、子どもの頃からの夢のような夢だったから、鳥肌が立つどころじゃない。

まして、それが決勝だなんてスタジアムにいても信じられなかった。どう表現していいのかわからない感情の処理にだいぶ困っていたのが、薄っすらと記憶にある。

試合は、当時からいまに至るまで世界最高の選手だと信じて疑わないクリスティアーノ・ロナウドが先制点を決めるも、チェルシーのフランク・ランパードに決められ、90分では決着がつかず。

延長にもつれ込んでもなお得点が生まれずに、1-1のままPK戦に突入した。

ロナウドを除いた全員が決め(!!)、残るはチェルシーの5人目、ジョン・テリー。テリーが決めればチェルシーの優勝が決まるという絶体絶命の状況に直面しながら、僕はロシアに来たことを激しく後悔していた。

試合のチケット代17万円に、フライトの10万円や3泊の宿泊費12万円も合わせれば、この弾丸観戦旅行に費やした額は40万円以上だった。

それまでほぼ毎日バイトをしてきて貯めた全財産に近い貯金をすべて切り崩した結果がユナイテッドの敗戦を現地で見届けることだと思うと、この世の終わりのような、いや、この世の終わりだった。

いまの自分なら、たとえ負けても「まあ、ロシアに来たこと自体、良い経験になったな」と思えると思う。

でも当時はそんな事実は到底受け入れられなかった。それは10年間で失ってしまった感性なのかもしれない。

ペナルティスポットにボールをセットしたテリーの姿は、いまでも微妙に覚えている。でも、そこからはなぜかあまり記憶がない。

とにかく、ゴールネットに収まるはずだったボールは明後日の方向に飛んでいき、それを見届けたユナイテッドのGKエドウィン・ファン・デル・サールがガッツポーズをしていた。テリーはペナルティスポットに座っていた。

あの光景はサッカー史に残る、最高の名シーンだと思う。

「これがサッカーだ」と言わんばかりに、サッカーそのものが凝縮された光景のように思えた。

このPKを決めれば、100年以上の歴史を持つチェルシー史上初のチャンピオンズリーグ優勝が叶う。そのキッカーはチェルシー一筋のキャプテン、ジョン・テリー。

そんな願ったり叶ったりのシチュエーションで、テリーはまさか、ありえないスリップをした。軸足を滑らせて横転したまま蹴ったボールは、あらぬ方向へ飛んで行った。

何が起こるのかわからない、いや何だって起こってしまうからこそ、サッカーの面白さは底知れない――。

ユナイテッドファンだった自分には、それが奇跡として目の前に突きつけられた。

そして、その数分後、ユナイテッドはチャンピオンズリーグを制した。

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それがちょうど10年前の今日、ということをふと思い出して書いてみた。書いていてなんだか高ぶってしまうし、10年前のことなのに意外と鮮明に覚えている。

そして10年後の今年、ロシアでワールドカップが開催される。ワールドカップ決勝の地は、10年前のチャンピオンズリーグ決勝と同じ、僕が興奮し尽くした、あのルジニキスタジアム。

難しいだろうなとは思いつつ、願わくば、決勝が行われるルジニキスタジアムで、ポルトガル代表としてのクリスティアーノ・ロナウドが見たい。

それに来週5月26日にはチャンピオンズリーグ決勝がキエフであり、ロナウドはたぶんまた優勝すると思う。

10年前にはユナイテッド、10年後にはレアルでと、いずれも世界最高のクラブで絶対的エースであり続けていることは、信じられないくらいにすごい。

ちなみに、10年前に感化された記事は、当時からいまも毎日チェックしているサッカーニュースサイトの「Goal.com」で見たものだった。

おそらくGoal.comにとっては、なんていうことのない単なる一記事に過ぎなかったと思う。でも、あの記事がなければ、間違いなくロシアに行くことはなかった。

たった一つの記事、それもメディアが普段から発信しているなんていうことのない記事に、誰かをどこまでも突き動かす力がある――。

そのことに、こうして書きながら気づいた。

あれから10年が経って、いまは自分が記事を書くことを仕事にしている。だからこそ、誰かにとってのそんな記事を書けたらいいなと思う。

いろんな事情にまみれてしまった僕は、この先、3週間前にどんな記事を見たとしても、もう突き動かされる感性は失ってしまったのだけど。

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